「歴史好き」な亡き友人の思い出

 私の家は,石井手用水沿いにあります。この用水は甲突川を起源としており,今ではほとんど暗渠になっていますが,それでも2級河川に指定されているそうです。(今でも駐車場設置などで暗渠用水の上を架ける橋は強度が強く設定され,費用も2~3倍かかるのです)。

 二級河川は県が管轄しているため,石井手用水を境に山手側は鹿児島市の区画整理地域には指定されませんでした。開発が進まないおかげで,昔からの家々が今でも残っています。一方,用水より東側は区画整理が進み,「建ぺい率」や「容積率」が緩和されたため,坪単価が高くなっているのです。隣の家といっても,道路を挟んだだけで資産価値が大きく異なり,高級住宅地になってしまいました。

 新しい大きな家々が次々と建てられ,道路も広くなり,かつての風景はほとんど見ることができなくなりました。その影響で,小・中学校時代の友人たちの家も次々と引っ越していき,区画整理地域には昔から住む友人たちは,ほとんどこの地域を離れて行きました。

・どの家も用水の上に橋をかけ渡っていました。(昭和50年代初め)

 そんな中,近所にある中学校時代の友人宅は用水より山側で長い間引越もせず,ずっと残っていました。しかし,先日その友人が亡くなったことを知りました。

授業中の出来事

 この友人は頭が良く,特に歴史が得意でした。ある歴史の授業中の話です。確か藤原氏か源氏の系図が当時の教科書に載っていました。

 授業中突然,「先生,この教科書の系図は間違っています」と言い出しました。当時の社会科の先生は,「教科書が間違うはずがない」と言って,彼の言い分に耳を貸すことなく突き放しました。それでも友人は引き下がらず,「この系図では□が足りないと言うのです。□が一つでも足りないということは,この武将の先祖が一人消されているのと同じです」と主張しました。しかし,先生も次第に意地になり,怒り出しました。結局,友人の言い分は認められませんでした。

 休み時間になり,他の友人たちは「□が一つぐらい足りなくてもいいじゃないか」と言っていました。それに対し,友人は「みんなの親や祖父が消えても,□一つぐらいで済ませるのか?」と強く反論しました。確かにそう言われてみると,おかしいなと思うようになりました。

教科書会社への手紙

 納得できない友人は,今度は教科書会社に直接手紙を出しました。後日,教科書会社から訂正とお詫びの手紙が学校宛に届きました。その後,先生は学級の生徒たちの前で誤りを認め,自分の間違いとともに友人を傷つけたことを詫びました。その瞬間,学級全体に歓声が広がりました。

 友人によると,先生は自宅まで手紙を届け,両親にも詫びたそうです。それから,学級の友人たちの態度も変わり,彼を認めるようになりました。

 ちなみに友人が,指摘した教科書の間違いは,次のような内容だったと記憶しています。藤原氏か源氏だったのか詳しくは思い出せませんが,例えば,源氏とすれば,

・源氏の系図
①清和天皇―②貞純親王―③源経基―④源満仲―⑤源頼信―⑥源頼義―⑦源義家―⑧源義親―
⑨源為義―⑩源義朝―⑪源頼朝と続くのが本来の系図です。
 ①清和天皇―②貞純親王―③□―④□―⑤□―⑥□―⑦□―⑧□―⑨□―⑩□―源頼朝と,□が8個あるのに対して,教科書では, 
 ①清和天皇―②貞純親王―③□―④□―⑤□―⑥□―⑦□―⑧□―⑨□―源頼朝と,□が7個しかなかったのです。

・現在の教科書では,□―□―□の様な記載の仕方は殆どありませんが,当時はよく見かけました。

 後日,友人はみんなの前で神武天皇から現在までの歴代天皇を一気に言い上げ,周囲を驚かせました。みんなは彼を天才だと言うようになりましたが,全ての教科が得意だったわけではなく,記憶力が驚異的だったことを記憶しています。今思えば,彼は一つのことにこだわることが多く,それが発達障害の一つだったのかもしれません。特異な才能を持っていただけに,その死が惜しまれます。

 御冥福をお祈りいたします。

・中世ロマンの先駆け

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