「NHKの人件費」(その1)

NHKの諸問題について

 私は「朝ドラ」や「大谷翔平の試合中継」など毎日楽しみに見ています。しかし,朝ドラやメジャー中継,相撲中継,お笑い番組等々が,本当に「公共放送」でなければならないのか,やはり疑問を感じます。
 さらにNHKの問題で一番深刻なのは,安全保障上の問題です。NHKには国の重要情報が集積しているにもかかわらず,近年の「尖閣諸島は中国領発言」など,中国人スタッフによる不祥事が相次いでいます。これは個別事案として処理するような問題ではありません。公共放送である以上,抜本的な再発防止策が講じる必要があります。外国人を雇用するのであれば,国家の機密事項に接する部署には一切関与させないことは,国際的な常識でNHKが非常識過ぎるのです。
 また,NHKは政府からの干渉を防ぐために受信料で賄うことがベストであると主張しますが,反日的とも受け取られかねない偏向報道がいつまでも続く状態は異常で,逆に,放送法に基づき厳格に干渉(検証)して欲しいと思います。
 加えて,負担のあり方も見直すべきです。所得に応じた公平な負担という観点から,「公共放送税」への移行を真剣に検討すべき時期に来ています。ヨーロッパ諸国ではすでに受信料制度を廃止し,公共放送税へ移行した国も少なくありません。スクランブル放送が技術的に可能である以上,改革を先送りすることは許されないのです。
 戦後の混乱期にアメリカ(GHQ)主導で作られた制度を根拠に,既得権益を守り続け,国民に過大な負担を強いる一方で,偏向報道や職員の高額給与が繰り返されている現状は,もはや看過できません。NHKは「受信料制度」そのものを含め,国民的議論を正面から受け止めるべきです。
 なお,私は例えスクランブル化で料金が上がっても見続けたいと思っています。

NHKを追及する国会質問

 9年前に亡くなった国会議員・三宅博氏(平成29年没)が,NHKを厳しく追及する国会質問の映像は,今もなおユーチューブなどで頻繁に目にします。近年,三宅氏ほど的確で核心を突いた質問を行う議員が少なくなり残念でなりません。何度見てもその指摘は鋭く,私自身,強い共感を覚えます。一方で,NHKにとっては,もはやこのような厳しく追及する国会答弁が少なくなり,内心では安堵しているのでしょう。その後,指摘されたことについて改善した様子が殆ど見られないからです。(このことはNHKの国会軽視でもあり,しいては国民への冒涜につながります)

 三宅氏が問題視したのは,当時すでに年間約1,819億円に達していたNHKの人件費です。経常事業収入約7,856億円のうち,95%以上が受信料であり,その約23%が人件費に充てられていました。つまり,この高額な人件費は,国民から半ば強制的に徴収される受信料によって支えられているのです。

・今は亡き三宅博氏の国会質問

高すぎる人件費

 これに対しNHKは,「優秀な人材を確保するために必要な水準である」と説明しています。しかし,この説明は果たして妥当でしょうか。国家や社会への貢献という使命感を持ち,高給を求めずに各省庁で働く多くの優秀な国家公務員上級の存在を考えれば,「高い給与でなければ優秀な人材は集まらない」という主張には疑問を抱かざるを得ません。給与の高さのみを動機とする人材が,公共放送にふさわしいとは言い難いでしょう。しかも,その「優秀な人材」が流出する先は,これまた国民共有の財産である電波を,長年ほとんど無償同然で使用してきた民放各社なのです

 三宅氏が指摘したように,NHKが自らを「公共放送」「皆さんのNHK」と位置づけたいのであれば,公務員に準じた立場と待遇で十分ではないでしょうか。国益を損なうと受け取られかねない偏向的,或いは反日的と批判される報道姿勢が続く限り,国を憂うる人材がNHKを敬遠するのは当然です。三宅氏は,当時すでにNHKに「自浄作用」や「自己回復能力」を期待することは困難であると警鐘を鳴らしていました。

かつて

 その指摘から9年後,紅白歌合戦をめぐる一連の騒動は,残念ながらその懸念が現実となったことを示しているように思われます。NHKを直ちに解体すべきだとは言いませんが,既得権益に覆われ,肥大化した組織を適正な規模と体制へ見直す時期に来ていることは,もはや否定できないのではないでしょうか。

受信料制度

 NHKの受信料制度は,1925年(大正14)に始まったラジオ放送にまでさかのぼります。当時は「聴取料」と呼ばれ,ラジオ受信機を所有する人が負担する仕組みとして導入されました。1953年(昭和28)にテレビ放送が開始されると,テレビは高価で普及率も低く,所有すること自体が一種のステータスでもあり,「受信料」は自然な流れで,テレビの普及とともに全国に定着していきました。

 しかし,民放テレビの充実やインターネットの普及により情報が溢れる現代において,「公共放送」の役割や,受信料制度の公平性には疑問の声が上がり続けています。とりわけ高額な人件費が明らかになるにつれ,格差社会の中で年金受給者(平均月額は約5~6万円)にまで一律に負担を求める姿勢に対し,強い批判が生じるようになったのです。

かつてNHKの給与は常識的な水準だった

 昭和50年代,私が民間企業に勤めていた頃,NHKの技術畑で幹部を務めていた当時60代後半の方と仕事をご一緒したことがありました。その方は大学の先輩にあたり,何度かご自宅にも招いていただきました。当時は60歳定年後はリタイアされる方が多く,通信業務に関わる専門的な技術一筋で歩んでこられ,その豊富な経験を買われ再就職されたとのことでした。

 当時のNHK職員の給与は,現在のような高額水準ではなく,その先輩も「老後の生活資金を蓄えるために仕方なく働いている」と,酒席の場で率直な本音を漏らしていました。その言葉からは,当時のNHK職員の姿がうかがえたものです。この方を思い出すと,現在のNHKの医者並みの人件費水準や「高給でなければ優秀な人材は集まらない」という説明には,疑問を感じずにはいられません。

NHKを適正化する法的障害「受信料制度の法的根拠」

 NHKの受信料制度については,契約の自由財産権を侵害し,憲法に反するのではないかという議論が長年続いてきました。この点について最高裁判所大法廷は,2017年12月に放送法を合憲と判断しました。しかし,その判決以降,NHKがこの判決をめぐる議論を一切報じることはなくなりました。あまり強硬な姿勢を取れば,世論が本気で動き出すことを警戒しているからです。
 国民が本気で政治を動かし,放送法を改正,或いは廃止すればよいだけの話なのです。そもそも放送法は,戦後間もない時期にGHQの指導下で制定された法律であり,当時と現在とでは,情報環境も社会構造も大きく異なっています。インターネットやSNSが普及した現代において,戦後直後の発想を前提とした制度が,そのまま通用し続けていること自体に無理があるのではないでしょうか。
 さらに,この法律のために電波ビジネス特定の新聞社に限り既得権益を与え,事業を独占させたこと自体,新規参入をさせず日本の経済発展を阻害させたこの法律こそ,憲法の理念に照らして問題視されるべきです。かつての郵政民営化と同じ情熱で議論される価値があると考えます。小泉元首相のリーダーシップを,高市総理にも期待したいです。
 もちろん,公共放送の必要性を否定するつもりはありません。災害報道緊急情報など,公共放送が果たすべき役割は確かに存在します。しかし問題点は,その規模と中身です。現在のNHKは明らかに肥大化しており,無駄な予算が積み上がっているようです。
 実際,NHK予算のおよそ4分の1が職員の高額な給与に充てられているようです。これは年金受給者や生活に余裕のない一般庶民から徴収した受信料によって支えられている構造であり,健康で文化的な生活を阻害し,公平性の観点からも疑問が残ります。
 また,仕事で忙しく,テレビをほとんど視聴しない若者世代にとって,在宅時間のわずかな中で見もしない番組のために受信料を支払うことは,大きな経済的負担となっています。「見たい人だけが見る」仕組み,すなわちスクランブル化を導入すれば済むことで,明らかに憲法の理念に背いています。そのためには放送法の改正が不可欠です。結局は,法律を変えれば憲法論までいかずに済む話なのです。
 具体的には,次のような観点から放送法の改正・見直しを訴えていく必要があります。
 ① スクランブル導入の是非
 ② 放送法「番組準則」を守らない報道姿勢
 ③ 職員の高額な給与
 ④ 公共放送としての番組基準(スポーツ,ドラマ,趣味娯楽などは民放に)
 ⑤ 肥大化した組織の適正化
 ⑥ 放送時間の適正化,
 ⑦ 放送内容の責任の明確化(社員アナウンサーの活用とタレント起用縮小
 ⑧ 新規参入を阻んでいる法的根拠と電波オークション制度の導入による競争環境の整備
 ⑨ 受信料制度でテレビを購入しない世代が与えている経済的損失
 ⑩ その他,時代に即した新たな視点の検討 etc…
※ 戦後の「何もない時代」における放送と,情報があふれる現代とでは,状況は根本的に異なります。だからこそ,今の時代にふさわしい公共放送の在り方とは何か,そして放送法はどうあるべきかを,国民一人ひとりが真剣に考え,大きな世論として発信していくことが必要なのではないでしょうか。

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