米袋のコメムシ
学生時代,月末に実家から仕送りがあると,まず最初に10キロの米を一袋と缶詰やインスタントラーメンなどを近くのスーパーで購入しました。これらはお金が無くなったとき,空腹から身を守る大切な食糧であり,安心できるからです。
あるとき,お金が底をつき,外食ができなくなってしまったことがありました。久しぶりに家で米を炊こうと思い,米袋を開けた瞬間,驚きの光景が目に飛び込んできました。黒いコクゾウムシが米の中で繁殖していたのです。慌てて虫を取り除き,なんとか炊いて食べてみたものの,その味はひどく不味くてとても口にできるものではありませんでした。

・ コクゾウムシ
困り果てて母に電話をかけて相談したところ,「お米は容器に入れて冷蔵庫で保管しなさい」とのアドバイスをもらいました。それ以来,5キロの米を容器に入れて冷蔵庫で保管するようにしました。また,「唐辛子を米の中に入れておくと虫除けになる」などいくつか教えてくれましたが,いざやってみると手間がかかるため,何度か試した後はやめてしまいました。
当時の私にとって,米袋の米は命をつなぐ貴重な食糧でした。値段も,10キロで2000円台だったと記憶しています。

・保存食
おかずには,缶詰やマヨネーズ,ふりかけ,魚肉ハムソーセージなど,保存がきいて安いものを買い置きしていました。また,非常食としてインスタントラーメンを常に10袋ほど,押し入れにストックしていました。質素ながらも,自分なりに工夫しながら過ごしていた学生時代でした。コメ虫の湧いた米袋に驚いた日のことも,今となっては懐かしい思い出のひとつです。
「宮城県登米の新米,ササニシキ」
卒業後に民間企業に勤めていた頃,転勤で奥州仙台に赴任していた時期がありました。ある日,同僚の千葉君の実家で新米のササニシキをご馳走になったことがありました。彼の実家は,現在の登米市にあり,一面水田に囲まれた中にぽつんとたたずむ大きな農家でした。

宮城県に多い同姓同名
千葉君と苗字を出した理由ですが,それは,「佐藤」と「千葉」という苗字が多いことに驚いたからです。彼の高校時代の卒業アルバムを見せてもらうと,クラスの三分の二が「佐藤」と「千葉」で占められ,しかも同姓同名も二組いたのです。残りの三分の一に他の苗字がようやく登場するのです。同姓同名も珍しくなかったようで,そのような場合には,あだ名で呼び合っていたそうですが,最初の内は,出身の地名や父親の役職名なとで呼び分けていたということも聞かせてくれました。鹿児島県でも地方の小字集落では同じ苗字が多いことがあるのですが,何せ高校の卒業アルバムの話です。名前の呼び方にもその地方の工夫があり,とても興味深く聞いたことを覚えています。
当時,私が住んでいた社宅は東仙台にありましたが,そこから車で1時間程度走った広い田園地帯に千葉君の実家がありました。「新米が採れたから,ぜひ食べにおいで」とお誘いを受け,友人4人とともに車に乗って訪問しました。
その日は仕事帰りで少し疲れていましたが,車を走らせていくうちに,見渡す限り田んぼばかりの景色が広がり,まるで絵に描いたような東北の農村風景に,思わず感動してしまいました。鹿児島の田舎でも見たことのない広大で整然とした田園の風景は,圧巻でした。

また,それまではお米について特に強いこだわりを持っていたわけではありませんでした。ササニシキやコシヒカリが高級で美味しいという程度の認識はありましたが,「正直,どこの米もそんなに変わらないだろう」と思っていたのです。
ところが,千葉君は普段からよく「うちの米は日本一だ」と自信満々に言っており,正直なところ,少しばかりうんざりしていました。しかし,この田園風景を見ると,米の名産地でササニシキの新米を食べられることの期待がふくらんできました。
米の美味しさとは
1 新米が美味しい理由 新米とは,その年に収穫され,12月末までに包装されたお米のことです。水分を多く含んでいるため,炊き上がりがみずみずしく,つややかになります。新米は鮮度が高く,「つや」「風味」「粘り」「香り」が最もよい状態です。特に水分量が多いため,風味が豊かで粘りも感じられます。 2 北国の米が美味しい理由 東北地方などの北国では,「気候」「水」「土」「土地」の条件がそろっており,お米作りに非常に適しています。昼夜の寒暖差によりデンプンが多くなり,病害虫も少なく,雪解け水にはミネラルが豊富に含まれています。さらに,土地が肥沃で広いため,稲作が発展してきました。 3 ササニシキが美味しい理由 ササニシキは,炊き上がりの香りがよく,噛むほどにうま味が広がるお米です。粘りが少ないため飽きにくく,炊きたてはもちろん冷めてもおいしくいただけます。 おかずや素材の味を引き立てるため,特に寿司のしゃりとして重宝されてきました。口に入れた瞬間にほろっと広がり,主張しすぎず,魚介類などの繊細な味とも相性が良く,日本料理に合ったお米と言えるでしょう。 ~農水省のホームページより |
衝撃の味
挨拶を済ませ,いよいよ夕げのひと時。彼の母がササニシキの育て方や苦労について話をしてくれました。口に入れた瞬間口いっぱいに甘い香が広がりました。それまでご飯はよく噛まずに,おかずと共にかき込むような食べ方をしていましたが,「噛めば噛むほど甘みが広がる」という表現がしっくりきたのです。
あのとき味わった衝撃は,今でもはっきりと覚えています。飲み込んだ瞬間,「これまで食べてきたご飯はいったい何だったのだろう」と,思わず心の中でつぶやいてしまったほどでした。
その後の宴会では,ササニシキの炊き方や美味しく食べる料理法などの話で盛り上がりました。翌朝お土産としてササニシキを分けていただき,社員寮に戻ってからは,寮の仲間たちと一緒にそのお米を炊いて食べました。
千葉君は,祖父から教わったという“こだわりの炊き方”があり,火加減や水加減に至るまで細やかな工夫をしていました。単に良いお米というだけでなく,炊き方一つでここまで変わるのかと,改めて感心させられました。
それまで私は,新米は確かに美味しいけれど,産地による違いはそれほど大きくないだろうと思っていたのです。しかし,登米のササニシキを食べて,その考えが大きく覆されました。みんなで囲んで食べた炊きたてのササニシキ,そして添えられた牛タンと笹かまぼこ。あの時の味と,温かな時間は,今でも忘れられない大切な記憶です。仙台に牛タン文化が根付いたのは,肉の甘みを引き出すササニシキがあったからだと確信しました。

ご当地自慢と食べ物の力
実家にいた高校時代までは,自分の出身地について特に関心を持つことはありませんでした。しかし,学生時代に県外から来た友人たちと話す機会が増えると,自然と「ご当地自慢」の話題で盛り上がるようになりました。
話のきっかけとして最も多かったのは,やはり食べ物の話題です。そのほかにも,温泉や山岳,川や海,あるいは歴史や文化など,それぞれの地域ならではの魅力が語られました。最初のうちは,相手に花を持たせるように心がけ,特産物や観光地の話を振っていたのですが,お酒が入りだんだん話が白熱してくると,いつの間にか本格的な“ご当地合戦”が始まってしまうのです。
お互いに自分のふるさとを誇りに思っているからこそ,つい熱が入ってしまうのでしょう。自分の出身地について弱い部分,たとえば市街地が小さいとか,アクセスが悪いといったことには触れないようにしていたのですが,敵もさるもの巧みに話題を戻してくるのです。
そうした場面では,たいていお酒も入っており,次第に議論が感情的になることもありました。当時の私は,鹿児島の歴史や文化についてあまり詳しくなかったため,相手から鋭い指摘を受けても十分に反論できず,悔しい思いをしたことをよく覚えています。
けれども,不思議なことに,話が再び食べ物の話題に戻ると,自然と場の雰囲気が和らいでいきました。食べ物というのは,誰にとっても親しみやすく,当たりさわりのない共通の話題なのだと,改めて感じました。
あの友人たちとの語らいから,少しずつ自分の故郷についても関心を持つようになりました。それ以来,鹿児島の故郷の良さを素直に語れるようになってきたのです。
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