三国名勝図会には,「若宮神社は,野田村の上名の取添新城に鎮座し,祭神は出水島津常陸守忠兼公の御霊です」と記されています。
この忠兼は,薩州島津家5代島津実久の弟で,6代義虎公の叔父にあたります。武勇に優れ,新納武蔵守に兵法を学び,剣術にも通じていました。永禄年間(1558~70)に長島・獅子島を攻めて平定しました。それ以前の長島は肥後国天草郡で天草越前守が支配していました。
しかし,忠兼は天草方の讒言によって義虎によって誅殺されてしまいました。その後,人々はその御霊を荒神としてお祀りしましたが霊威は鎮まらず,ついには大天狗として祀るようになりました。それでもなお霊威は衰えませんでした。そこで,この村にある山内寺の住職が,神意を尊んで薩摩の守護神の一つ若宮八幡(忠兼を祭った若宮神社の名の由来となる)として丁重にお祀り申し上げたところ,ようやく御霊も鎮まったと伝えられています。薩州島津家にとって崇敬する「若宮八幡」は絶対だったのです。

若宮神社とは
通常,若宮神社とは,「本宮の祭神の子どもを,その境内に祭った神社」のことです。或いは,本宮を他の土地に移した際,現地に残った若宮のことを言うようです。県内には,若宮八幡が多数ありますが,この八幡神社の祭神は応神天皇であり,仲哀天皇と神功皇后の御子にあたります。その「若君」をお祀りしているので,「若宮神社」と呼ばれるようになったようです。
鹿児島県神道青年会「ふるさとのお社」によると,県内には32の若宮神社があります。一番多い神社が「仲哀天皇の御子・応神天皇」を祭る若宮神社のようです。
薩摩の地では,武家の守護神である八幡宮から分祀された神社が「八幡宮若宮」として建立され,宇佐神宮や鶴岡八幡宮などから勧請しているようです。
島津忠兼を祭る若宮神社
その次に多いのが,阿久根・長島地区の若宮神社になります。こちらは島津忠兼公を祭っています。島津忠兼は,かつて天草越前守が支配していた長島を攻略し,さらに獅子島から天草まで攻め入ろうとしたところ,敵方の讒言により,1565年に出水領主・義虎公に誅殺されたのです。
その後,忠兼の怨霊がたたったとされ,夏になると常陸風(暴風雨)が激しく吹き荒れ,野田や長島など忠兼にゆかりのある地では,悪疫や飢饉が広がり,人々の生活を脅かしました。当時のことですので人々は忠兼の祟りだとして恐れたと伝えられています。そこで,その御霊を鎮めるため,堂崎城跡に祠を建立し,踊りを奉納し神霊を慰めたところ災いがなくなったそうです。
悪疫や飢饉の大流行
中世に入り,倭寇が跋扈していた時代には,東シナ海に面した九州地方で疱瘡などの疫病が流行し,地域は酷く荒廃していました。特に疱瘡(天然痘)は感染力が非常に強く,致死率も高かったため,人々からは大変恐れられておりました。たとえ治癒した場合でも,顔に醜い瘢痕(悪瘡)が残ることが多かったようです。 県内には「悪瘡海岸」などの地名が残されており,これらはかつて患者を隔離した場所や,亡くなった方を埋葬した場所であると考えられています。また,当時は感染を防ぐため,人との直接的な接触を避け,連絡を取る際にはのろしなどを用いて知らせていたと伝えられています。 |
出水五万石のゆくえ
※ 1593年,薩州島津家は,豊臣秀吉の逆鱗に触れたことにより,七代・島津忠辰の代で断絶しましたが,これも,かつて非業の死を遂げた忠兼の怨霊によるものなのかもしれません。 忠辰は忠兼(天草領長島を出水領とした)が殺害された1565年に誕生し,忠辰の死とともに薩州島津家も改易となっています。 1586年,秀吉と義久との間で和平が成立した際,島津家の旧領は基本的に安堵されましたが,この時薩州島津家の領地は返還されませんでした。当時,真宗派や肥後天草の人々から「天草領長島の返還を求める嘆願書」が豊臣政権に提出されていたと郷土誌に記されています。 もしこの時,1565年に薩州島津家に分割された長島・獅子島を秀吉が肥後国と認定していたら,五大老から返還されたのが出水だけであったら,明治初期の廃藩置県における県境画定では,天草文化圏の長島・獅子島は熊本県に編入されていた可能性が高いものと思われます。 |
ご八日踊り
毎年8月8日には,長島全体が祭り一色に染まる「ご八日踊り」が行われています。この祭りは,町内各地の集落が,種子島踊り,棒踊り,鐘踊り,傘踊りなど,伝統的な踊りを奉納・披露しています。毎年6月頃から地域の方の指導で,小・中学生の練習も始まり,迫力ある踊りを見てきました。とても迫力があり見ごたえのある踊りですので是非一度見て欲しいと思います。

阿久根・長島の若宮神社(⛩が島津忠兼を祭る)

※ 現在,この地区にある12社の若宮神社のうち9社が忠兼公を祭っています。残りの3社は本来の応神天皇のようです。神社統合で少なくなりましたが,かつては多くの若宮神社がありました。