本県に上陸した台風10号
近年,温暖化の影響か台風の進路も不規則になり,これまであまり台風が通らなかった東北地方や首都圏でも被害を受けることが増えてきたように感じます。今年の8月末に日本列島を襲った台風10号は久しぶりに本県に接近し,薩摩川内市に上陸しました。枕崎付近を通る台風は,典型的な進路と言えるでしょう。
しかし,なぜ台風は中国大陸に到達する前に急に方向を変え,日本に向かってくるのでしょうか。気象的な観点から北緯30度線の影響とは何なのかを知ることで台風情報がより身近になります。「枕崎台風」と比較して,台風の進路予測等について話をしてみたいと思います。
・昭和20年9月17日,枕崎台風の進路
台風10号の特徴は,非常にゆっくりとした進行速度で,台風から離れた地域でも大雨の被害が広がりました。通常,台風が日本に接近すると,北緯30度付近で偏西風の影響を受けて西から東へと比較的速く移動することが多いですが,今回は偏西風が北に上がっていたためその影響を受けずに非常にゆっくりと移動したようです。その結果,長時間留まり,広範囲にわたる影響をもたらしたのです。
特に,枕崎では最大瞬間風速51.5m/sが観測され,非常に強い暴風が吹き荒れました。中心円から離れた鹿児島市の自宅でも暴風の影響を感じました。また,宮崎では竜巻被害も報道されており,進路や地形による影響の差も大きいと感じます。これらの自然災害は,予測が難しい部分もあり,防災対策の重要性を改めて認識させられる機会となりました。
台風銀座の枕崎
枕崎は,かつて「台風銀座」とも言われるほど台風の通り道として知られ,多くの台風がこの地域を通過し,大きな被害をもたらしていました。今回,久しぶりに台風が枕崎近くを通過し,その頃のことを思い出した高齢者も多いことでしょう。
風水害の被害の大きさは天候と共に地形的な要因も大きく関係しています。鹿児島市は周りを桜島やや高隈山,肝属山地,南薩山地などに囲まれており,高い山々が暴風をある程度遮るため,枕崎のような酷い暴風雨には若干なりにくいと思われます。また,近年,マンションが多く立ち並ぶようになり,かつてのような強烈な風で死の恐怖を感じることも少なくなっています。
風雨に弱い古い建物
特に古い建物は風雨に弱い造りで,家の窓ガラスは今のように丈夫なサッシでなく薄い板ガラスでした。台風が接近したときや桜島が爆発したときには,家中の窓ガラスが一斉にガタガタと震え,よく割れてしまったものでした。子どもたちの仕事は窓ガラスに目張りをし,雨戸を閉めることでした。その後,父が外から板切れを打ち付け飛ばない様にしていました。しかし,最近では高層マンションが増えたことで,暴風や爆発音が聞こえにくくなり,桜島の噴火の際も灰が降り始めて初めて気づくほどです。(かつては噴火の度にガラスの音がして,家の屋根に上ると桜島フェリーが見え,朝夕は船の警笛が響き渡っていました)
それでも,県内の枕崎や日置などの海岸地域では,依然として強い風の影響を受けやすく,自然の脅威は今でも変わらず感じられます。また温暖化で「これまで経験したことのないような被害」が多発するとも言われており,今後とも防災意識を高め,備えをしっかりしておくことが大切なようです。
枕崎台風の体験談
かつて勤務していた職場で,枕崎台風を経験した上司がいました。上司によると,台風の暴風が一瞬収まり「ふぁっ」と体が浮き上がり,その直後に「ドスン」という大きな音がしたそうです。被害もなく,翌朝起きると家全体が無傷のまま,隣の田んぼに飛ばされていたとのことでした。その話を聞いた私は「そんな馬鹿な」と軽くあしらいました。しかし,よく考えてみると,昔の田舎の家屋は床下が高く,風呂焚き用の木材が積まれていたり,家を支える束(柱)も束石(玉石)と呼ばれる平らな石の上に置かれているだけの構造でした。
当然ながら現代の建築基準法では,家の土台は必ず固定しなければならないようです。これは,地震や風水害等の力を吸収するいわゆる免震工法に近い考え方です。激しい揺れに襲われると,柱が束石からずれたり曲がったりしてエネルギーを分散し,建物を守るという発想のようです。
地震では地面が揺れるため,地中に固定されている家屋よりも,こうした構造の方が倒壊のリスクが少ないとされているそうです。先の上司の話に戻ると,竜巻が発生して家を丸ごと持ち上げ静かに降ろしたと考えれば,妙に納得するようになりました。宮崎の竜巻被害に当てはめると,現代の家屋は地面にしっかり固定されているので破壊されたのでしょうか。
理科の実験「台風の進路」
かつて理科専科をしていたときの話です。「台風がなぜ枕崎を通るのか」を説明するため実験を行いました。日本近海の地図を黒板に描き,2台の扇風機を使って台風の動きを再現しました。まず,薄くて軽いポリ袋を広げ,その中の空気をアルコールランプで温めると上昇します。右側から扇風機で風を当てると,ポリ袋は黒板に向かって左側に流れていきます。これが貿易風(東風)に相当します。さらに,左下側からもう1台の扇風機で風を当てると,ポリ袋は右斜め方向に上昇していきます。これが偏西風(西風)を表しています。北緯30度線(口之島)のトカラ列島近くで向きを変え日本本土に近づくのです。
黒板に太平洋沿岸の地図を描いているので,渦巻の絵を描いたポリ袋の動きがまるで台風の進路を示すように見え,枕崎を通る理由を視覚的に理解しやすくなります。事前に扇風機の位置や風の強さを調整していたので,実験がうまくいくと子どもたちは納得してうなずいてくれました。
※ 偏西風の影響により,日本近海の雨雲などは西の中国近くから東に流れることが多いのです。桜島の降灰も本来は鹿児島市には降らないはずですが,季節によって別の要因が働くことを子どもたちには説明しました。
・貿易風と偏西風の実験
ところで4年生以上になると火を使って,温められた空気が上昇する実験を行っていました。当時はアルコールランプを使用していましたが,現在ではマッチで火をつけるのが難しいこと,引火の危険性があることなどから使われなくなり,今では実験用のガスコンロに変わりました。
学校や家庭で火をつける機会がなく,将来的にマッチを使えない大人が増え続けると,災害時などでの対応が心配になりますね。実際に使う経験を通じて,基本的な生活スキルを身につけることの重要性を感じます。
枕崎通知とは
話はガラッと変わりますが,私が枕崎と言えばもう一つ思いだすことが「枕崎通知」です。
朝ドラ「虎に翼」では時折,法律の解釈に関するシーンが登場しますが,学校現場でも勤務条件などに関して法律論議が頻繁に行われています。その際,通称「赤本」と呼ばれる「教育関係者必携」を参照することが多いでした。この本は学校教育に関わる全ての法律(憲法・教育基本法・学校教育法・地方公務員法・各種試行規則や条例等…)を一冊にまとめた法令集です。しかし,法律の文言は難解でまどろっこしく,もっと平易な表現はできないものかと感じることがあります。ただ,具体的に表現しすぎると解釈が限定的になってしまうため,このような難解な表現になるのでしょう。
「枕崎通知」とは,「学校職員の休暇の取り扱いに関する規則」に関することを指します。これを明確にしておかないと,ただでさえ「ブラック」と言われる学校職員にさらなる不利益が生じてしまいます。第5条「特別休暇」では,具体的に18項目に分けて特別休暇の種類が示されています。その中に「やむを得ない私事故障」という項目があります。(平成3年度以降に新たに「ボランティア休暇」など14項目が追加され,合計で32項目になっています。)
「枕崎通知」という名称の由来は,昭和32年に当時の枕崎市の教育長が特別休暇の中の「やむを得ない私事故障」について県教委に質問した際の回答にあります。この「私事故障」に該当する具体例として,「事務職員のスクーリング」や「社会通念上認められる冠婚葬祭」,「遠隔地の弔祭休暇の加算」,「職務上の研修会」などが含まれると明示されたのです。当時,多くの市町村でこれらの解釈に混乱が生じていたため,枕崎通知は非常に有益な指針となりました。 法律の解釈では判例や枕崎通知のような具体的なガイドラインが示されることで,学校現場でも安心して運用できるようになります。