喜入地名散策【2】

1 喜入

 町名の喜入は,奈良期の給黎郡給黎郷の残留地名「きゅうれい」から「キイレ」と略音化したことが考えられます。もともと丘陵山裾の急傾斜地で,海岸に迫る台地端の崩壊地を意味する自然地名であったものを,縁起の良い瑞祥地名に替えたのではないでしょうか。

(1) 地名ができた奈良・平安期の古語「キヒラ(刻む・比良)」から「削られた急傾斜地」と解することができるかもしれません。あるいは「刻嶺(キレイ)」から「谷状の嶺々」を意味するのではないでしょうか。

(2) 「急・弓・丘」と「禮・麗・嶺」から「急嶺・弓嶺・丘嶺」(丘陵が曲がりながら連なる山容)を示している可能性もあります。キは亀裂の割れ目から「山腹に亀裂の入った崩壊地」を意味するのかもしれません。

(3) 給は「給う」の意味で,黎は「穀物や流れる水,刀」から成る漢字で,穀物が集うような新田などを表す瑞祥地名と考えられます。

2 瀬々串

 「セセ」と「クシ」から成る地名です。「せせらぐ岸」の意味かもしれません。瀬々は,山から流れる小川の細い流れ,あるいは海岸のナギを表すせせらぎから「水が浅瀬を小さい音を立て流れる様子」を示しています。串は九州沿岸に多い突き出た岬の地名で,崩壊地が多い岸の転訛から「クシ」と転じ,「錦江湾沿いの穏やかな地域であるが,急斜面で災害の多い崩壊地」を意味しているのではないでしょうか。三国名勝図絵に「この浦より眺望すれば,海を隔て大隅の高隈連山を見渡せ,絵の如く秀でた高隈山や海にそびえる桜島の景色の手前で船が往来する様子は絶景です」と記されています。

3 中名

「中名」は中世の国領・荘園領で,薩摩藩の集落単位名です。

4 生見(ヌクとミ)

 ヌクの「生」は当て字で,海岸地域では「抜く」から「抜かれた・削られた所」の由来が多いです。ミは海の意で「海岸沿いの波に侵食された地盤の柔らかい地域」を意味しているのではないでしょうか。

5 旧麓(もとふもと)と仮屋崎

 旧麓は,1595年から肝付氏の居城でした。1653年に現麓(喜入小学校)に居館を移すまで,政治の中心地として機能していました。仮屋崎の「崎」は,弘前や宮崎と同じく「前」の意味であり,仮屋の前を意味しています。県内には藩政時代の麓や仮屋などの地名が多く見られますが,麓前などの地名が必要とされなかったため,仮屋崎は珍しい地名と言えます。

 この場合,当時の地形がその地名を生み出した可能性があります。明治期まで給食センター近くまで入江が入り込み,湿地帯であったようです。旧給黎城下の仮屋の対岸を示しているのではないでしょうか。

6 弓指(ゆみさし)

「弓指」の指は指す方向を意味し,弓状に曲がった地形の開墾地を指している可能性があります。

・米倉城跡

7 城跡

 旧城山,内城,城ヶ野,陣之尾,喜入城,琵琶城,肝付館,上篭城,網屋,城と「砦・塁・陣」などがあります。これらは本城の防衛のために支配者が替わった際に新しく築かれた城です。

8 琵琶山

 喜入小学校(御仮屋跡)の裏の台地を琵琶に似ていることから琵琶山というそうです。三国名勝図絵に「領主館の後,上之村にあり,この山は海をへだつこと200m余り,南北に長いその形が琵琶に似ているので俗に琵琶山という。北側は小さくて琵琶の首で南側は大きくて琵琶の腹のようである」と記されています。

 北に愛宕城,中央に内城,南に琵琶山城があったと伝えられています。衛星画像では琵琶に見えないこともないですが,ただ横から見た山容が琵琶に見えたことには疑問が残ります。

 一つの考え方として,琵琶山は海岸線沿いの白砂の崖端に位置しており,港や河口近くで祀られることが多い「漁業や海上交通安全の神」である弁財天が祀られていた可能性も考えられます。当時は錦江湾から入江状の良港であり,琵琶を持っている姿の弁財天を祀る琵琶神社が鎮座していたことも考えられます。また,方言で「ヒユのヒワした所」(ひび割れた地形)から名付けられた可能性もあります。

9 帖地

 生見町の小字名であり,「帖地遺跡」は旧石器期の遺跡です。江戸期の門割制度の帖地門があり,姓としても多く見られます。「田のある地の意味の古語,タフセチ(テフチ)」の転訛したものか,あるいは開墾地の広さ「一町地(ちょうち)」,「丁子」に由来する可能性もありますが,資料がなく解明は困難です。

10 八幡太郎

 薩摩半島には,源為朝など源氏に縁の地名や伝説が多く見られます。これは薩摩による琉球支配の正当性を主張するためのものとされています。「八幡太郎」も源義家伝説に関連しているのかもしれません。また,大隅正八幡宮領地である可能性も考えられます。

11 一倉

 「一倉」は,給黎郡の米倉の可能性は少ないです。倉とは崖のことで,峠越えの「一の倉」「二の倉」の意味かもしれません。

12 古殿

 「古殿」の読みは「ふるどの」ですが,元々は「古殿(コドン)」で漢字の読み違いである可能性があります。川沿いの挟まった開墾地であり,古殿(コドン)は川沿いの田園地を指します。川辺の古殿や伊集院の神殿と同じく,川が分かれた河戸野のことを意味するのではないでしょうか。

13 樋高

 「樋高」は急傾斜地を指します。樋高川上流から,竹などで樋を組み,水田に水を分配する水路のことです。水路の末端を「樋尻(ヒジイ)」といい,樋田架・掛樋(架けとい)など竹を利用した水道管を通した周囲よりも高く盛り上がった地形や場所を意味します。

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