年度末から年度初めの学校

路傍の草花が芽吹くとき

 路傍の草花が芽吹く季節になると,ふと管理職として忙しかった日々のことを思い出します。

 特に教頭時代は学校の業務全体を担っていて,道ばたに咲く花をゆっくり愛でる余裕などありませんでした。二月に入り菜の花が咲き始めると,学校周りや校内の片隅で,小さな春を見つけて少しの間,心を和ませていたものです。先生方にとっては学習のまとめや教育課程の作成,成績処理などで慌ただしい時期でしたが,管理職には,その合間にほんの少しだけ季節を感じる余裕があったように思います。

 ところが三月に入ると,空気は一変します。学校教育の一年間のまとめに加え,次年度の教育課程の報告や準備,教職員の異動への対応,さらにはPTAの会計処理など,さまざまな業務が一度に押し寄せてきます。卒業式や終業式,辞任式,送別会といった行事も続き,気がつけばそのまま新年度の準備へとなだれ込んでいくのです

 四月になると,今度は新しい職員や転入生を迎える日々が始まります。時には住まいの手配を引き受けることもあり,新体制での職員会議や担任発表,学年会議と慌ただしく進んでいきます。そして,新任式,始業式,入学式へと,学校は一気に新しい息吹に包まれていきます。この一か月ほどは,一年の中でも最も忙しく,それでいてどこか心が引き締まる,特別な時間でした。教頭として新しい校長を迎える緊張感もあり,気の抜けない日々が続いていたことを今でも鮮やかに思い出します。

 そんな毎日を過ごしていた当時は,満開の桜をゆっくり眺めることなど叶いませんでした。しかし,定年を迎えて,ようやく足を止めて春を味わうことができるようになりました。あの頃の慌ただしさも,今となっては懐かしく,道ばたの草花が咲き始めると蘇る思い出なのです。

環境整備

 この時期になると,新しい子どもたちや保護者の方々,さらには来賓など多くの人が来校されるため,環境整備もなかなか気の抜けない大切な仕事でした。学校主事さんは女性の方が多く,機械を使った草刈りまではお願いできずに,その役目は自ずと私が担っていました。

 また,卒業式から入学式にかけては緑化担当の先生もいるのですが,学級対応で手一杯なのです。結局,花壇の手入れまでも私の仕事になることが多いでしたが,やりだすと土いじりも楽しく,奇麗な花が一斉に咲くと,気持ちを和らげてくれるものでした。

 

 そんな中で数年前から,年に二回の環境整備の予算がつき大変助かったことを覚えています。夏場と年度末に外部の〇〇センターに終日の草刈り作業をお願いできるのです。時期的に職員の手伝いも困難で,非常に助かるのです。前回私も作業に立ち会って,重点的にお願いしたい場所なども本当にきれいになり有難いことでした。しかし,その回に限って午前中に最後の教頭会が入り,十分な打ち合わせができなかったのです。それでも「作業は午後までの予定でしたので,昼から合流すれば何とかなる」と,思っていました。

 ところが,戻ってみてびっくりしました。きれいになっているのは裏庭だけ。肝心の体育館周りや正門付近,校庭の外周など人目につく所は手つかずのまま残っていたのです。しかもきれいになっていた場所は最後に余裕があればお願いしていた場所でしたので,しなくても良かったところでした。また終日作業のはずが,なぜか午前中で終了し,作業員はすでに引き上げたあとでした。

 慌てて連絡を取ってみると,どうやら担当者の勘違いと連絡ミスが重なってしまったとのことでした。こちらは卒業式に向けて分刻みのスケジュールを組んでいたのです。ぽっかりと大きな仕事が残され,しばらくその場でうろうろしていました。結局,自分でやるしかないと諦め計画を練り直すしかありませんでした。

教育長との出会い

 転出される校長先生は緑化の専門家でしたので,「前の校長がいなくなった途端にこの状態か」と言われたくない,そんな気持ちが私自身強くあったのでしょう。

 翌日,私は△△センターの〇〇所長のもとへ抗議に行きました。「これまで信頼してお願いしてきたのに,今回の件はどういうことですか」と,つい語気が強くなってしまいました。今思えば,ずいぶんと気負っていたのかもしれません。所長は私の話を黙って最後まで聞き,静かに頭を下げてくださいました。その落ち着いた対応に,こちらの勢いも冷めていったのを覚えています

 とはいえ,6年目の教頭としての経験もあり,新しい校長を迎えるまで時間はありませんでした。昼間はとても余裕がなかったのでその日の夜から,草刈りに取りかかりました。懐中電灯を体にくくりつけての作業は,今思い出してもなかなかの光景でした。二日かけてどうにか整備を終えることができましたが,その間,妻も草集め一輪車で運び出しを手伝ってくれ,助かりました。

 さて,ようやく一息ついた翌日のことです。新年度の教育委員会の職員名簿が届き,何気なく目を通していました。すると,新しい教育長の欄に,見覚えのあるお名前が…なんと,あの△△センターの〇〇所長だったのです。思わず息をのみ,「えっ」と声を出してしまいました。

 幸い卒業式から入学式まで続く一連の忙しさから,その悪夢を思い出す暇がありませんでした。しかし,時間は確実に歩み寄ってきました。そして迎えた新年度,最初の教頭会では,なるべく教育長の顔を見ないようにしていました。会が無事終わり帰ろうとすると,「〇〇小学校の△△教頭先生」と新教育長の声に呼び止められてしまいました。振り返ると,「先日は大変迷惑をかけしましたね」と,穏やかな言葉で話しかけられました。その瞬間,私の顔はまるで「ちびまる子ちゃん」のように固まってしまったのです。穴があったら入りたい気持ちでした。

・ホームページより

 ちょうどその年は,小泉純一郎氏が「自民党をぶっ壊す」と掲げて総裁選に出馬し,7月29日に国政選挙が行われることになり,学校も投票会場になっていました。そして,教育長との“もう一つの出来事”が起きたのです…。~次回に続く~

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