桂庵玄樹

 江戸時代には、仏教系と対立していた林羅山の朱子学が幕府の官学として全国の武士の子弟教育に取り入れられていました。自ずと五山文化を背景にした仏教系の薩南学派の教えは、忘れ去られて行きました。

桂庵玄樹を蘇らせた歴史家 伊地知季安

 江戸時代の薩摩では,ほとんどの人が桂庵玄樹の名を知りませんでした。しかし,江戸末期に歴史家の伊地知季安が桂庵の著書「延徳版大学」を発掘し,その調査研究を進めていました。1840年に自身の「漢学起源」とともに,江戸の大儒家である佐藤一斎に届けたことで,桂庵の業績が再評価されたのです。

・季安の実績が刻まれた墓石

 その後,佐藤一斎によって桂庵の碑文が作成され,広く知られるようになると,「桂庵玄樹は訓読法を確立した人物」として見直されるようになりました。現在では,「国語の神様」「漢文の神様」と言われているそうです。

 薩南学派を調べていくと,桂庵玄樹の教えは,薩摩藩の教育に大きな影響を与えていることが分かります。具体的には,「日新公のいろは歌」や「二才咄格式定目」「出水兵児修養掟」などを通して,薩摩の藩教育・子弟教育が展開されて明治維新に繋がったとも言えるのです。

漢文と訓読法

 そもそも漢文を子弟に教える際には,必然的に日本語の直訳が求められるため,朱子学が伝来した時代から,訓読法は個々に存在していました。室町時代前期の臨済宗の僧である岐陽方秀は,朱熹の『四書集註』を講義し,彼が初めて訓点を一つの体系として整理しました。その後,玄樹がこれを補正し,さらに南浦文之が改訂して「文之点」として確立されていくのです。

 佐藤一斎は,「今から360余年前,本国の新註を刻する先駆けとなる書物が存在していたことに驚きます。『漢学起源』を読めば,江戸より100年以上前に薩摩宋学が花開き,薩摩が日本の先駆地であったことを知り,驚いています。」と評価しました。                             「伊敷公民館講座~桂庵と薩摩の漢学~東英寿教授」より

※ しかし,江戸後期の混乱期に,幕府本流の林家の塾長として,一斎はこのことをよく認めたものだと思います。(個人的な感想)

漢学起源

 『漢学起源』は,江戸時代後期に伊地知季安によって執筆された漢学史書です。

・漢学起源巻一「儒教第一」

・桂庵禅師碑銘建方での碑文依頼

巻之一では,儒教が伝来した古代から室町時代における五山文化について述べられています。            巻之二では,岐陽方秀から桂庵までの訓点の流れについて解説されています。            巻之三では,薩南学派の月渚,一翁,南浦などの活躍が記されています。               巻之四では,薩南学派の総本山である山川正龍寺の歴史や薩摩藩の儒教史が記されています。            巻之五では,佐藤一斎が桂庵の碑文の作成を依頼した書簡などが取り上げられています。

・ 新薩藩叢書「漢学起源(伊地知季安)」より

・佐藤捨蔵(一斎)から伊地知小十郎(季安)への返書

 幕末になって伊地知季安の手で漸く国内に向け発信できましたが,もっと早く薩摩藩として世に問いかけなかったのでしょうか。島津重豪であれば,水戸藩に資料を提供して,調査依頼すれば薩南学派の系統は日本史として記載できた可能性もあったのではないでしょうか。(官学正統派の訓読法とは別の流れとして公式に認められたかもしれません…)

 実際,重豪は儒学書「四書集註」「五経」などを編纂させたり,大日本史に「惟宗姓の島津の系統を源氏の流れである」と書き換えるように依頼したりしています。(当然水戸藩は断っているそうです)

三国名勝図絵の藤原惺窩事跡

・ 伊地知季安の「漢学起源」を基に,三国名勝図絵の正龍寺の項にある藤原惺窩事跡がまとめられました。その内容には,「桂庵及び文之和尚修飾せし,四書朱註訓點を借りて写し取り,これを剽窃(盗み取る)して,自分の力として四書朱註に訓点を付けた」などと,8頁に及んで赤裸々に記載している。

① 正龍寺  366P

② 藤原惺窩事跡  367P

③ 惺窩集聞太夫人訃詩序 368P 

④ 問得和尚と惺窩 369P 

⑤ 正龍寺本の盗み取り 370P

※ 漢学起源の記載事項を読むと,季安が時間(蟄居・遠島中)をかけ実によく研究調査したことが読み取れます。当時,京都五山の訓読の変遷などどうやってしらべたのでしょうか。

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