異論・反論~議論・討論「米の値段について」

 かつてスーパーのお米コーナーに行くと,地元のお米が陳列されてコーナーの奥の棚に,ササニシキとコシヒカリが並んでいました。どちらも値段が高く,普段はなかなか手が出ませんでしたが,何かお祝いごとがあると,ササニシキを買って帰るのがプチ贅沢でした。

 しかし,最近はあまり見かけなくなりましたが,平成5年の冷夏でササニシキは大きな被害を受け,大不作となったそうです。気候の変化や病気に弱い品種だったため,作る農家が減ってしまったようです。そのササニシキの値段が大変なことになっています。

高騰する米の値段

 最近,テレビでは連日のように米の価格について報道されています。給料は据え置きなのに,食料品を中心に物価はどんどん上がっています。日本人は文句も言わず,本当に我慢強い国民のようです。あの江戸時代ですら米騒動が起っているのです。隣の国であれば大変なことになっているでしょうね。ひょっとしたら農協などに忖度して,テレビでは報道されていなかったのかもしれませんが…。

 日本人が毎日食べる主食のお米の値段が短期間にこれほど上がるとは,正直想像さえしませんでした。妻もお米コーナーをのぞいては「無理」と言いながら何も買わずに戻ってきます。

 先日,近所のスーパーに立ち寄った際のことです。何気なく棚に並ぶお米を見ていたところ,ササニシキの2キロ袋が目に入りました。値札を見て,思わず目を疑いました。なんと,2キロで2,800円。計算してみると,5キロで7,000円,10キロでは1万4,000円を超える価格になります。

 学生時代,お米10キロを2,000円台で買っていた記憶がありますので,これはまさに驚きでした。さすがにこの値段では,手が出せません。テレビに映し出される農家の人はこれでも決して高いとは思わないと言うのです。一体誰を相手にお米を作っているのでしょうか。

・ 10㎏のお米で約66合分になるそうです。1合でお茶碗約2.2杯分のご飯が炊けるため,家族4人分では1回の食事で約2合が必要です。
 5㎏で5,000円のお米を使った場合,大まかに計算すると,お茶碗1杯のご飯は約330円になり,4人家族で1日あたりご飯だけで約1,000円,月にすると約3万円になります。これではおかずを買う余裕がなくなってしまいます。

 農家の人や農協にも言い分があり,品質や生産背景,天候の影響など,値上がりの要因はいくつもあるのでしょう。それでも,「お米が高くて買えない」という現実は,どこか不安さえ感じてしまいます。食の安全保障として多額の税金を投入しているにも拘わらず,安全保障の崩壊は,海外からではなく農協や国内の国策にあったのでしょうか?。

 昭和25年,まだヤミ市が立ち,ヤミ米が売られ,米の価格が高騰していた時代のことです。当時の大蔵大臣・池田勇人氏が,米価の高騰に関する国会答弁で「所得の低い人は麦を食べ,所得の高い人は米を食べるという経済の原則(自由経済)に沿った形にしたい」と述べたことが,新聞報道の切り抜きによって問題になり辞任しました。しかし,これは民主主義社会では至極当然のこととも言えます。

 現在は,減反政策に税金による補助金が投入されて米価が調整されているにもかかわらず,「貧しい人は麦や粟を食べろ」と言っているのは,むしろ高く価格調整をしている農協や全中なのです。

 鹿児島県には,粟や稗など雑穀に由来する「粟ケ窪・青戸(水田に適さない窪地や山岳地名)」などの地名が残っており,明治期の農家の人々が米を食べられなかったことがうかがえます。藩政時代,米はお金や年貢(税)に相当していたため,庶民は日常的に麦や粟,野菜を煮込んだ雑炊を主食としており,米は結婚式や葬式など特別な日にしか食べられませんでした。

 お葬式で供えられる枕飯は,ご飯を山盛りによそい,箸を立てることで,故人があの世へ旅立つための橋渡しをする意味があるとされています。江戸時代には,生前には口にできなかった貴重な白米を山盛りに供えることで,この世に未練を残さず旅立てるようにとの願いも込められていたのです。

 つい最近まで5キロ2000円台だった米が,今では4000円,地域によっては7000円以上にもなっています。それでも国や政治家は何の対応もしてきませんでした。庶民よりも農協を重視していたためです。政治家にとって農協は「票田」となるからだそうです。「票田」と「粟田」,どこか似た字ですね…知らんけど。

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