頴娃地名散策「雪丸の地名由来」

雪丸の地形から

 南九州市頴娃町の雪丸地区は南薩山地の山間に位置する盆地状の地域であり,真田幸村にまつわる伝説が残る地です。この伝説にちなみ,多くの真田幸村ファン,特に若い歴女が全国から訪れるそうです。

真田幸村の墓

 雪丸からアグリランド頴娃の方面に向かった山中には,真田幸村の墓とされる宝篋印塔があります。この石塔には室町期の特徴が認められ,江戸期のものではないようです。

 雪丸は,真田幸村が大坂の陣の後にこの地に逃れ,蓮子の娘との間に子供が生まれたという伝説があり,その地名も幸村に因んで雪丸となったと言われています。ちなみに,幸村が雪丸に,秀頼が谷山に,後藤又兵衛が耳原に隠れ住んだという伝説も残っています。

雪のつく地名について

 地名表記には住む人々の願いが込められており,雨や雪などの自然現象を地名にすることはほとんどないそうです。雪国であれば雪に因む地名であることが考えられますが,実際に雪に関わる地名は非常に少ないです。例えば,「雪」「湯木」「結城」などの地名は,矢の入れ物である古語の「靫(ゆぎ)」に由来すると言われています。これは,細長く伸びた地形が靫の形状に似ていることから来ているようです。

 「ユギ(柚木)」の原音は「ユキ」と言い,川を挟んで多くの丘陵が重なり合った山麓の地形を指します。柚木(ゆぎ)とは,川床を挟んだ土地で,山陵が続く高山と山間部の麓に位置しています。川ぎりぎりまで張り出した丘陵が重なりあった地形を指します。雪丸の近くには,雪瀬谷,雪寺前,雪前田などの地名が残っており,これも地形に由来する名称であろうと考えられます。

「丸」の付く地名

 山間の盆地状になった丸い地形には「~丸」と付けられた地名が多く残っています。鹿児島には丸内,鬼丸,金丸,丸井,丸尾,市丸,大丸,丸田,丸目(開墾地の中心地),次郎丸,福丸,薬丸など,「丸」のつく地名が多く存在します。地名辞典によると,「丸」のつく地名は丸い形状の山の裾や川の湾曲地などに多く見られ,特に九州地方に多いとされています。また,「バル(原・墾)」や「ハル」から「マル」に転嫁した説や,丘陵や台地の先端から張り出した「バル(張り)」に由来する説など,諸説あります。

 つまり,雪丸とは「ゆぎまる」から転嫁された地名で,「三方を高い山や谷に囲まれ,南薩台地に開けた細長い村」と解することができます。中世の城は防衛上,山城として山頂を開き,丸い地形を石垣で囲っていました。鶴丸,一の丸,曲輪など,城に関わる地名には「丸」が付いています。その城を中心に集落が形成されたため,「丸」を山間の集落と考えることができるのです。

「一氏」と「只角」集落

 近くに「一氏(兎路)」と「只角(すみっこ)」集落があり,この地名を考えると雪丸はその後開墾された地域のようです。

① 一氏(ヒトウジ)

 「ウジ」とは,宇治・宇路・兎路などの表記の通り,獣路や峠の入り口の意味合いもあるのかもしれません。山に入ると獣道を確認することができ,この一部分を活用して街道としたものもあります。近くには柿,尻,越,迫などの地名が多く,南薩山地から新牧や谷場への峠口を意味するのかもしれません。永谷近くの山間には「氏無」という地名もあります。

 また,享保年間の一氏家の由緒墓の碑面には「…秋月禅定門」とあり,寛永年間の墓石には「一ツ氏門名頭」とあります。これは,一ツ目,二ツ目…といった意味での「兎路」とも解釈することができるでしょう。

② 只角(タダスミ)

 この地は南薩山地から牧之内まで続く尾根の端にあり,馬渡川と石垣川に挟まれた地形です。「只」の付く地名には,多田,但田,徒隅,駄田,只浦,只尾,只川,只隅,只越,只津,只野,只平,只松などがあります。上渕別府の只角は,多々良などの鉄に関わる地名か,もしくは只中の「真ん中」と同じ意味で単に「すみっこ」を意味するのか,高い尾根に囲まれた山平に広がる棚田か,いずれかの可能性が高いと考えられます。

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