高隈山系の「中嶽・鷹ノ羽嶽?」(2)【R5】6月7号

2  瀬戸山神社「高隈山三所権現近戸宮」 ~案内板より~

(1) 御祭神  
 ・ 大山祗神(山の神) 水波能女神(水の神) 久能智神(樹木の神)  伊勢神(内宮・外宮)
(2) 創建    
 室町時代永亨2年丙戌(1430)五代寺として,慶腎法印僧上にて創建され,江戸末期まで神宮寺として修験道の拠点であった。鳥居の右側に別当寺の五代寺があった。
 ・ 一の宮  現社殿にて高隅三所権現近戸宮(神社)という。
 ・ 二の宮  中岳に鎮座し蔵王権現社(蛇王権現)という。
 ・ 三の宮  御岳山頂に鎮座し立蔵権現社(竜王権現)という。
(3) 由緒    
 関ヶ原合戦後の頃,彦山の修験道の信者により開山され,明治の廃物稀釈まで高隈権現として,真言宗の末寺であった五代寺の門徒によって管理されてきた。御岳,中岳,近戸宮(神社)を総称して高隈三所権現という。大正2年12月地元の荒神である楠原大明神・宮ケ原川瀬櫃大明神・大久保瀬戸山大明神(上祓川町)・大園源王大明神・牧野鎮守大明神(祓川町),瀬貫大明神(下祓川町・西祓川町)「いずれも無各社で水神を祭祀」の6社を総称して瀬戸山六所権現という。高隈三所権現と瀬戸山六所権現を合祀して瀬戸山神社と称するようになった。
(4) 七嶽詣
 七嶽とは,古来大隅高隈郡・垂水郷・花岡郷・鹿屋郷・百引郷よりそびえる①盆山・②大箟柄岳・③小箟柄岳・④妻岳・⑤御嶽・⑥中嶽(蔵王権現社)・⑦近戸宮(高隈三所権現)を言い日本列島最南端の霊山を巡った。高隈郷観音渕を本社の御手洗池と言い権現出現の所という。

・ 地元の人に聞くと,七嶽詣の本来の登山道は,高隈三所権現近戸宮(瀬戸山神社)から中嶽「蔵王権現社(蛇王権現)」を経由して御岳「立蔵権現社(竜王権現)」に登る道であったようだ。近年,高隈山・峰越林道の駐車場などが整備され,登山者が利用するようになると使われなくなり,山も荒れてきたとのこと。本来のコースは片道3時間程で,昭和の時代まで瀬戸山神社の祭日や遠足などで小学生も登山していたそうだ。現在でも神社の奉納棒踊りでは地域総出で盛大に行うなど伝統を繋いでいる。ところで,三国名勝図絵に描かれた高隈嶽は,山頂の位置関係から推測すると下高隈町仮屋近くの小高い山から描いたものではないか。

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