1年生担任の想い出「方言指導」

川辺地区の小学校入学の想い出

 私の父も教員で,転勤族でした。当時,私が一番困ったことは友達と別れることと言葉(方言)でした。鹿児島では地域ごとに方言がまったく異なり,転校するたびに悩むことになりました。結局,大人になっても鹿児島弁を話せないままでした。

 私たち家族は離島から川辺地区に引っ越し,私はそこの小学校に入学しました。離島では近くに幼稚園がなく山学校状態であったため,私にとって初めての学校生活の場でした。いろんなことが初めてで戸惑うことばかりでした。

 初めての避難訓練で,先生から「何も持たずに避難しましょう」と言われ,給食室が燃え校舎に火がうつると聞いたのです。私は燃やされたら大変と,大切にしていた算数セットを持って避難しましたが,人ごみで紛失してしまいました。先生に言うと,「持って行ったのはあなただけですよ」と怒られる始末でした。あの算数セットは一体何処にいったのでしょうか。

 最も困ったのは言葉が通じないことでした。(昭和50年代以降の子どもたちは,学校で方言の心配をしなくてすみました)。川辺地区のその地域の方言は,語尾に「にぃー」を付けていたのです。私が普通に話しかけても同級生に思いっきり笑われるのです。「おい,ジャライニィ(みんなそうだよね)」,「こいのかごいま弁はおかしかどにぃー(こいつの言葉はオカシイよね)」と,話すたびに笑われ,だんだんと無口になっていきました。

高等女学校出の女性の先生

 1年生の担任のT先生は年配で厳しそうな女性の先生でした。登下校時の挨拶は,いつも「みなさん,ごきげんよう」でした。この「ごきげんよう」も私にとって初めてで,意味さえ分かりませんでした。母に尋ねると,「おはようございます。さようならという意味よ」と教えてもらいましたが,しっくりきませんでした。だったら「おはよう」でいいじゃないかと思ったからです。母によると,その先生は高等女学校を出た立派な先生だから,教え方も丁寧なのだとのこと。戦前から戦後暫くは高等女学校卒の女先生は本当に少なかったらしいのです。 

 また,T先生は言葉遣いにも厳しかったのです。当然,子どもたちの言葉遣いの様子を見ていた先生は,「じゃっどにぃー」も「そうですね」と言い換えさせていました。現在であれば,それもまた問題になるかもしれませんが,当時地方の保護者は先生に対して信頼があったので,家庭でも「先生の言う通りじゃっで,ちゃんとせんか」と言われておしまいでした。お陰で,辛かった方言の問題はすぐに解決しました。

 現在の小学校は年配の女性の先生方も普通に多いのですが,昭和30年代には50代の女性の先生方は余りいなかったように記憶しています。戦争の激化に伴い,師範学校出身の男性教員が徴集されるようになったせいで,戦後しばらくは代用教員が増え,学校も混乱し授業どころではなくなってしまいました。数少ない教員免許を持った数名の女性の先生方が,学校を回していたのです。

 昭和24年,教員免許法が制定され,代用教員もいなくなり,本来の授業がやっと出来るようになりました。小学校低学年の授業くらいは,誰にでも出来る程度の認識しかなかったのも事実ですね。 

県内全域であった方言カード

 戦前から鹿児島県の国語教育界では,方言指導(方言カードを含め)の在り方について賛否両論あったそうです。T先生は東京の女学校を卒業しており,方言指導では学校の中心として,厳しく指導をされていたと聞きました。そのおかげで,私の学級では普通の言葉で学校生活を過ごすことができたのです。

 後に私が教員になった頃,父から担任のT先生が亡くなったことを聞きました。父も同じ町内の学校に勤務しており,T先生とも親しかったようです。東京の高等女学校を卒業され,結婚して戦争未亡人になり,郷里の川辺地区に帰ってこられたこと。川辺地区の作文指導や方言指導で有名だったことなどを聞きました。戦前・戦後から鹿児島県の先生方は,方言の弊害や国語教育の在り方について真剣に考えていらしたのでしょうね。

 先生は東京の方と結婚してそこに住んでいたので,鹿児島弁については「他府県の人と話せる言葉の必要性」を強く感じていたのではないでしょうか。「じゃっでにぃー」を含め,私の学級だけは方言が少しずつ無くなり,凄く助かったことを記憶しています。

 私も福岡の予備校時代に,九州各県の友人から「行っで」と「来っで」が逆さまだと指摘されたり,細かな言葉遣いを訂正させられたりしました。東京の学生時代もアクセントがおかしいと何度も笑われたり,少し話しただけでもあなた九州出身でしょうと言われたりしました。方言のオカシサは,他の県や地域の方にしか分からないのですね。

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