鹿児島から遠い県の物産展

山形屋の大新潟展

 久しぶりに,山形屋で開催されている「大潟展」を訪れました。会場は多くのお客でにぎわい,物産展の人気の高さを感じました。

 私は学生時代,日本一周にチャレンジしたり,民間企業時代に仕事で多くの県を訪れたりしました。しかし,北陸地方の新潟県富山県石川県の三県については,いまだに訪れたことがなく,定年退職後には,できるだけ早い時期に訪れたいと考えていました。ところがコロナ禍に加え,能登半島地震などが相次ぎ,結局その機会を逃したままとなっています。

 鹿児島から北陸地方へは距離があり,直行便の航空路線もなく,新幹線を利用する場合もJR線との乗り換えが多くなります。そのため,鹿児島から見ると北海道以上に遠く感じられ,気軽に訪れる地域ではありません。今回は「新潟に行ったつもり旅行」で,グルメと地元日本酒を購入してみることにしました。

 近年はオーバーツーリズムの影響もあり,思うように旅行に出かけられない人が増えています。そのような中で,物産展は,遠方の土地の風土や味覚に触れながら,旅への思いを膨らませる機会となるようです。実際に出かけることが難しい状況だからこそ,せめて物産展で旅気分を味わいたいと考える人が多いのでしょう。私もその一人であり,少し旅した気分になりました。

 旅行の楽しみの一つは,その土地ならではのグルメを味わい,土産物を選ぶことです。またこの年になると,遠くへ行かなくても,物産展だけでも結構旅気分を味わえるものです。

・600円のおにぎり,少し予算オーバーでした。

 一方で,最近は米価の急激な値上がりも話題になっています。「魚沼産コシヒカリ」の「にぎりめしてっぺん」とはいえ,おにぎり一個が六百円という価格には驚かされました。こうした身近な光景からも,時代の変化を実感するこの頃です。物産展ではこの「てっぺんのおにぎり」や海の幸,にごり酒などを買い求めました。

・魚沼産「にぎりめしてっぺん」

 以前の当ブログ「ササニシキの思い出」(R7・6/1)でも紹介しましたが,かつて米の名産地のブランド米の中でも甘みと旨みで「米の東西横綱」といわれた新潟のコシヒカリと宮城のササニシキですが,粘り気の違いがあり,私は断然ササニシキ派でした。

 今では品種改良が進み,鹿児島米も見劣りしないほど美味しくなっています。それでも,若い頃に本場で食べたササニシキの味わいは,今でも記憶に深く残っています。

 そんなこともあり,数年前まで,我が家では「祝い事でのプチ贅沢」として,「魚沼産コシヒカリ」か「宮城産ササニシキ」の五キロ袋を購入していました。魚沼産コシヒカリのつややかな甘み,ササニシキの軽やかさ。当時はまだ,「頑張れば手が届く贅沢」でした。

 しかし今では,値札を見て思わず二度見します。かつての高級米の価格が,いつの間にか普通の米の水準となり,あのブランド米は更に遠い存在になってしまいました。主食である米の値上がりは,家計以上に,暮らしそのものの変化を静かに感じさせます。

地元で獲れた米を食べられない国

 お米は一キロで約6~7合,茶碗にすると15杯ほどになるそうです。これを魚沼の一般的な4人家族で考えると,単純計算で米代だけで月に5万円近くになります。米価の高騰が,家計にどれほど重くのしかかっているかが分かります。

 米どころの魚沼でさえ,地元産のコシヒカリを日常的に食べられない家庭が多いのではないでしょうか。地域限定の補助制度があるのかもしれませんが,それでも負担が大きい現実は変わりません。本来,生まれ育った土地の米を,そこで暮らす人が普通に食べられないという状況は,やはり異常だと思います。

 食の安全保障は絶対必要ですが,それがJAや農林族,特定の組織や仕組みのためのものになっては意味がありません。必要なのは,「普通の日本人が安心して生きていける権利」のはずです。地元で獲れた米を食べられない国にしてしまった政策は必要ありません。その責任は,いったいどこにあるのか。問い直す必要があるように思います。
 不作でも海外からの安い米を輸入させずにかつ「減反」施策ばかり,国民の生活より米価の高騰を狙うJAと農林族のやり方には恐れ入りました。(本来このことを追及すべき)オールドメディアにとって農協はお得意様ですので,JA批判は出来ないでしょうね。テレビ・コメンテーターも何故かこの件についてだけは,高市総理批判をしませんね。その話題を出したら,テレビに出演させてもらえないのかもしれませんね。
 かつて話題になった「タイ米」を思い出しながら,今なら「アメリカ米」を,“米米クラブ”をCMに出して売り出してみたらどうですか。(わたし的にはシャレのつもりです…)

 ★食の安全保障は絶対必要ですが,それがJAや農林族,特定の組織や仕組みのためのものになっては意味がありません。必要なのは,「普通の日本人が安心して生きていける権利」のはずです。 地元で獲れた米を食べられない国にしてしまった政策は必要ありません。その責任は,いったいどこにあるのか。問い直す必要があるように思います。

 海外からの安い米を輸入させずに減反し,米価の高騰を狙うJAと農林族のやり方には恐れ入りました。オールドメディアにとって農協はお得意様ですので,JA批判は出来ないでしょうね。テレビ・コメンテーターも何故かこの件についてだけは,高市総理批判をしませんね。その話題を出したら,テレビに出してもらえないのかもしれませんね。

 かつて話題になった「タイ米」を思い出しながら,今なら「アメリカ米」を,“米米クラブ”をCMに出して売り出してみたらどうですか。(わたし的にはシャレのつもりですが,知らんけど…)

米つながり?~「きりたんぽ」鍋

 正月番組で秋田県の特集があり,きりたんぽを美味しそうに食べていた旅番組を見ました。先日,我が家でも秋田を旅したつもりで,きりたんぽ鍋を囲みました。

 学生時代,友人三人とレンタカーで一泊二日,強行軍の東北旅行をしたことがあります。八郎潟の近くの店で,囲炉裏を囲み少し焦げ目がついたきりたんぽを味わいました。その香ばしさが忘れられず,久しぶりに食べたくなったからです。

 ところが,今回鍋に入れたきりたんぽは,記憶していたものと少し違いました。やはり,囲炉裏で焼かれた香ばしいきりたんぽこそが,本当の味なのだと思いました。料理の味は,その場の空気や思い出と重なって,より深く心に刻まれるものなのでしょう。 きりたんぽも米から作られています。最近の米価高騰を思うと,あの素朴な郷土料理も,いつの間にか贅沢な一品になりつつあるのかもしれません。学生時代の記憶とともに,そんなことを考えさせられたひとときでした。 

米が景品のポスター

 先週,よく足を運ぶ商店街で,あるクリーニング店のポスターが目に留まりました。そこには「お客様大感謝キャンペーン~クリーニングを出して抽選で菊池米を当てよう」とありました。見た瞬間,思わず笑ってしまいました。

 私が子どもの頃,こうした商店街のキャンペーンの景品といえば「ハワイ旅行」や「カラーテレビ」が定番でした。それが今や「お米」が主役です。時代は変わったものだと,しみじみ感じさせられます。日本人の主食であるはずのお米が,いつの間にか高級品扱いになっているのです。

海外旅行の自由化

 商店街のキャンペーンの商品ハワイ旅行」で思い出しましたが,今では当たり前に海外旅行ができますが,私が小学校時代の海外旅行は,今の感覚で言うと,まるで宝くじに当たったかのような感じだったと思います。戦後しばらく,日本の海外渡航は政府やGHQによって厳しく制限されていました。輸入に頼る日本にとって外貨は非常に貴重で,その流出を防ぐ必要があったようです。

 仕事での海外渡航でさえ,昭和38年以降にようやく認められ,外貨の持ち出しは年間500ドル(1$360円→18万円)までだったそうです。昭和39年,東京オリンピックの年にようやく観光目的の海外旅行が自由化され,年1回500ドルが認められました。天文館の旅行代理店に貼られた「ハワイ旅行」のポスターを,憧れのまなざしで見つめていた記憶が今も残っています。 

 当時クラスに父親が貿易会社を経営していた友人がいましたが,年に何回か海外旅行をしていてみんなが羨ましがっていました。しかし,今思えば貨幣の持ち出し制限などはどうしていたのでしょうか。しかし,海外旅行の許可が必要だった時代からすれば,本当に自由な国になったのですね。ちなみに家族で海外旅行に行っていないのは私だけです。まず,一週間程度のまとまった休みをとることはほぼ出来ませんでした。

タイトルとURLをコピーしました