尾道・千光寺からの眺望

ドラマ「やる気満々」

 四国からしまなみ海道を通り,初めて尾道を訪れました。千光寺へロープウェイで登ると,若いカップルの多さにまず驚かされました。千光寺からの眺望はまさに「息を吞む絶景」の表現通りの大パノラマでした。海と坂道が織りなす風景を背景に,多くの人が写真を撮っていました。その様子を眺めると,この地は昔から旅人を惹きつけてきたのだろうと思いました。

 私が尾道を訪れたいと思っていたきっかけは,昭和54年にTBSで放送されたドラマ「やる気満々」です。広島県尾道市の高校時代に陸上部で親しかった3人の独身男性(古谷一行・細川俊之・川谷拓三)が,さまざまな女性と出会いながら友情を深めていく内容だったと記憶しています。当時の私にとって,そのドラマの世界は都会生活への憧れを象徴するものでした。

 学生時代,幡ヶ谷の古い6畳一間のアパートに暮らしていた私は,窓から見える新宿の高層マンションを羨ましく眺めていたものです。当時のドラマに描かれる洗練された情景と自分の日常とのギャップとは別に,憧れという形で見ていたのだと思います。

 ドラマの中では尾道の場面があり,主人公たちが口ずさんでいた「尾道周遊歌」が強く印象に残っていました。夕暮れの尾道を映すシーンは忘れがたく,いつか必ず訪れてみたいと願うようになりました。それ以来,夕暮れの街を歩くと,自然と口ずさんでしまうほど好きな曲となっていました。

 千光寺の帰り道,やや寂れた商店街を歩きながら,地元の年配の方々に「尾道周遊歌」について尋ねてみました。しかし,知っている方はいませんでした。地元尾道の方々でさえ知らないと思うと,少し寂しさを覚えました。時の流れとはいえ,人の心に刻まれた記憶や憧れも,少しずつ遠ざかっていくものなのだと寂しく思いました。

・尾道の商店街

尾道周遊歌

① 茜の空は晴れて 瀬戸はさざ波 日が沈む 涙枯らして汗拭けば 明日があるさと千鳥鳴く。
② 切れる雲はとじて 山は空にほぞを嚙む 泣いてなるかと腕組めば いらか遥かに千光寺。 ③ 連なる屋根は燃えて路地は坂道…(略)。
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※ 歌詞の意味を考えると
 茜色の空は晴れわたり,瀬戸の海にはさざ波が立ち,やがて日が沈んでいきます。涙も乾き,汗を拭くと,「明日があるさ」と励ますように千鳥が鳴いています。ちぎれゆく雲は空を流れ,山はまるで空に向かってどっしりとそびえ立っています。泣いても仕方がないと腕を組めば,はるか彼方に千光寺の屋根が見えてきます。連なる屋根は夕映えに燃えるように染まり,路地は静かに続く坂道となって見えます。

 この詩の作詞家・高橋玄洋氏はこのドラマの脚本家で,尾道市出身だそうです。この詩を見る限り,瀬戸内海に面した尾道のあかね空や街を見下ろす「千光寺」への思いが伝わってきます。千光寺から望む眺望を心から愛していたのでしょうね。山並と瀬戸内海,そして町並みが織りなす景色には,人の心を静かに揺さぶります。

・千光寺

 また,「文学の小道」に名を連ね,尾道の風光を愛でた文人たちと同じように,この地の景色に深い思いを寄せていたことが分かります。移ろう光や夕暮れの色合いの中に,人生の機微や人の情を重ね合わせながら,幾度となくその眺めを見つめていたのではないでしょうか。この地の人たちにとって「千光寺からの眺望」は,単なる風景ではなく,心の拠り所ともいえる存在であったのだと感じられます。

文学の小道

 千光寺の「文学の小道」には,松尾芭蕉をはじめ,正岡子規,十返舎一九,林芙美子,山口誓子,柳原白蓮など,数多くの著名な文学者の作品が岩に刻まれております。静かな山道を歩きながらその詩に触れると,古くから多くの人々に感動を与えてきたことが分かります。

・文学の小道

 中でも,案内板にも紹介されている俚謡(りよう)の「音に名高い千光寺の鐘は,一里聞えて二里ひびく」は,端的にこの地の眺望と静寂を表した印象深いものです。千光寺の鐘の響きがゴーンと遠くまで届き,さらにこだまして広がっていく様子を巧みに表現しています。その音は周囲の山々に反響し,間を置かずに再びゴーンと応えるように返ってくるそうです。

 まさに地形が生み出す自然の妙なのでしょう。 尾道特有の入り組んだ山並みと海とが織りなす地形は,このような音の響きに豊かな奥行きを与えると同時に,訪れる者に美しい眺望をももたらします。鐘の音色に耳を澄ませば,この土地の風景美と音の響きとが深く結びついていることに気づかされます。

頼山陽が呼んだ景色

 頼山陽の漢詩は,桂庵玄樹とともに,好きでこれまで何年も研究してきました。鹿児島を詠んだ作品にも見られるように,目に映る景色をそのまま描くだけでなく,そこで感じた人の感情を「起承転結」の構成で巧みに表現しています。情景の提示から意外性のある展開を経て,余韻をもって結ばれるため,読者は物語をたどるように詩の世界へ引き込まれます。景色の背後にある人の思いが伝わりやすく,難解さがなく明快ですので,子どもたちにも理解させやすい教材です。思わず声に出して吟じたくなるのも魅力の一つです。

 頼山陽
・ 原文
磐石可坐松可據、松翠缺處海光露。六年重來千光寺、山紫水明在指顧。萬瓦半暗帆影斜、相傳杯殘未傾去。回首苦嘱諸少年、記取先生曾醉處。
・ 読み下し文
 磐石坐す可く 松拠る可し 松翠缺くる処海光露わる  六年重ねて來たる千光寺  山紫水明 指顧に在り 萬瓦半ば暗くして帆影斜なり  相傳う殘杯 未だ傾け去らず 首を回らして苦に諸少年に嘱す  記取せよ 先生曾て醉いし処と 
・ 現代語訳
 大きな岩に腰を下ろし,松の木に寄りかかりますと,緑の葉の間から尾道水道のきらめく海面が見えました。六年ぶりに再び千光寺を訪れることができました。山は紫にかすみ,水は澄みわたり,見渡す限り美しい景色が広がっていました。屋根瓦には夕日がやわらかく差し込み,船の影も斜めに映っています。 私のお供をしてくれた少年たちにぜひ伝えて欲しいのです。かつてこの地の風光に心を奪われ,酒に酔いしれたこと,そして飲みかけの杯は未だ飲み干してはいないのだということを(この地の美しさを未だ語りつくしていないのです)。再訪の一時は,過ぎし日と今とを静かにつなぐ時間でした。

・頼山陽の漢詩

あとがき

 今回の旅は,宮崎・大分・愛媛・高知・広島・福岡・熊本を巡る4泊5日で,総移動距離が1600キロを超える強行軍となりました。本当は,旅はゆっくり巡ってこそ思い出が深まり,心にも余白が生まれるものだと分かっていますが,それでも毎回,同じ轍を踏むように慌ただしい日程を組んでしまうのです。 その大きな理由の一つが,やはりオーバーツーリズムによる宿泊費の高騰です。特に週末ともなると,かつての老舗旅館に泊まれるほどの料金が当たり前になり,気軽に旅を楽しむことが難しくなりました。定年後はゆとりある旅で全国を旅する夢がありました。年金暮らしの高齢者にとっては,旅そのものが遠い存在になりつつあるのではないでしょうか。

 かつてホテルの料金は,パンフレットに挿入された料金表が基本でした。例外といえば,盆暮れ や連休前後,近隣の寺院の祭りなど観光シーズンに設定される「一泊二食付きの特別パック」や,旅行代理店が企画する期間限定商品くらいだったように記憶しています。今では当たり前となった 「変動相場料金など,当時は想像もしませんでした。いつの間にか規制が緩和され,業界の仕組みそのものが変わってしまったのでしょう。 さらに驚かされるのは,かつて「サービス」を何よりのモットーとしていたホテルが,いまや単に一泊分の空間を販売する量販店のような業態へと変わりつつあることです。「客室は最も腐りやすい商品」と言われ,だからこそ各ホテルがサービスにしのぎを削っていた時代は,一体どこへ行ってしまったのでしょうか。 旅人もまた,限られた予算の中で旅の計画を立てていました。学生時代は安い民宿に泊まり,少し余裕ができれば旅館ビジネスホテルへ。新婚旅行など特別な節目には,老舗旅館リゾートホテル高級ホテルへと背伸びをする。そのように,人生の歩みに寄り添うかたちで宿を選ぶ楽しみがあったように思います。

 最も驚いたのは,今回宿泊した二つのホテルとも,チェックアウトの時間帯にフロントにシャッターが下りて閉まっていたことでした。ルームキーをポストに入れて,そのまま退出する仕組みです。閉ざされた小さな受付カウンターに,寂しさと言うより寧ろ怖さを覚えました。また,フロントスタッフには外国人が多く,近隣の飲食店や居酒屋について尋ねても要領を得ません。結局は自分のスマートフォンに頼ることになります。若い頃の旅では,土地の情報は宿の人に教えてもらうものだっただけに,隔世の感があります。 これが,最近耳にするマンションを改造した外国資本系(中国資本で表向きは日本人が経営している)ホテルの実情なのでしょうか。しかも一泊一万円近い料金となれば,首をかしげたくなります。さらにコロナ禍が再来すれば,日本の税金で「形を変えたGo Toトラベルキャンペーン」の補助金が外国企業に支払われるかもしれないのです。

 かつてサービスに価値を置いてきた日本の観光業は,この先どうなっていくのだろうと案じてしまいます。さらに気がかりなのは,防災や防犯の面です。火災などの緊急時に即座に対応できる体制が整っているのか不安になりました。客室内にフロント直通電話も見当たらず,旅館業法や消防法の基準は満たされているのだろうかと疑問がよぎります。また,テレビニュースでは報道されないので知らなかったのですが,人気観光地では中国語を話す家族連れらしき小グループの姿が戻っているように感じました。台湾からの旅行者かもしれませんが,いくつかの施設では入場規制も行われており,観光の風景が再び変わりつつあることを実感しました。 
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