県内の珍しい地名の由来について郷土誌や学者の説などから私見を交えて考察したい。
大隅国と薩摩国の境,郡山と吉田の二つの花尾神社
大隅国桑原郡から薩摩国鹿児島郡へ編入 花尾山山頂から東西に直線で約1.5キロ離れた場所に,吉田町と郡山町の両方に花尾神社があります。これらの神社は共に丹後局を祭っていますが,江戸時代に藩によって祭神を合祀されたものと考えられています。もと...
地名散策「④頴娃町別府」
頴娃町別府の地名 743年に発布された墾田永年私財法により,多くの寺社や貴族,地方の有力者が私有地の開墾に取り組みました。平安末期以降,この法の下で寺社の荘園に属し,新たに開墾された土地は「別府」と呼ばれました。これは本庄の官省符とは「別の...
地名散策「③頴娃町御領」
頴娃町御領の地名 御領の地名は摂関家へ寄進された荘園名から生じたと言われています。① 鶴田 「鶴田」は「川田」と同義で,馬渡川の水を利用した水田地帯を指します。鶴は瑞祥地名であり,本来は水の流れを示す言葉です。川底が涸れずに滑らかであること...
地名散策「②頴娃町牧之地」
頴娃町牧之地・宮脇の地名 興玉(九玉)神社の一帯は,古くから住民の信仰が深い神社で,その脇一帯は社領です。九玉や興玉,若宮,仮屋,宮脇,宮前,宮田,九玉田などの地名が残っています。① 三俣 俣とは分岐する意味で,一つの川や路が二手に分かれる...
地名散策「①頴娃町郡」
頴娃町は,東シナ海に面した風光明媚な場所で,南薩山地の縁から広がる台地や山岳,河川,海岸線など,美しい自然と歴史に恵まれたところです。この地域には,荷辛路(にからじ),鬼口(おにぐち),平丹花(ひらたんが),一氏(ひとうじ),雪丸(ゆきま...
喜入地名散策【4】
喜入地区地形地図(海岸線)喜入地区の地形について,明治期の石碑に記された海難事故の碑文に,給食センター近くまで海が入り込んでいたことが記されています。図の青色のラインで示された当時の海岸線(海抜3~5mラインまで海中であった)を想定すると,...
喜入地名散策【3】
14 その他 喜入の地名・中字名山岳に多い喜入の地名喜入の地名や中字名を調査すると,中世の地名起源が多いことが分かります。ア 仏教・修験者に関わる地名 「権現山」「虚空蔵岡」「大神山」「座頭山」「地蔵山」などの地名があります。イ 浸食・崩壊...
喜入地名散策【2】
1 喜入 町名の喜入は,奈良期の給黎郡給黎郷の残留地名「きゅうれい」から「キイレ」と略音化したことが考えられます。もともと丘陵山裾の急傾斜地で,海岸に迫る台地端の崩壊地を意味する自然地名であったものを,縁起の良い瑞祥地名に替えたのではないで...
喜入地名散策【1】
給黎(喜入)の地名由来 喜入と言えばやはり昭和44年から操業した喜入石油基地操業であろう。学生の頃,大型タンカーが錦江湾に入ってくる姿を見るとその大きさに驚き,鹿児島県が世界と貿易をする場になったことに誇りを感じていました。喜入の歴史 喜入...
幸加木川上流の木村探元の墓と六地蔵塔
木村探元の誕生地(平田)と墓(小野)・ 幸加木神社入口の探元の墓地 木村探元は,薩摩を代表する全国的に有名な絵師ですので詳細については割愛します。木村家は,小野町の高嘉木(幸加木)から興った家系で神社の入口に木村家代々の墓と探元のものが...