地名散策(22)

地名散策(22)

地名散策「②頴娃町牧之地」

頴娃町牧之地・宮脇の地名 興玉(九玉)神社の一帯は,古くから住民の信仰が深い神社で,その脇一帯は社領です。九玉や興玉,若宮,仮屋,宮脇,宮前,宮田,九玉田などの地名が残っています。① 三俣 俣とは分岐する意味で,一つの川や路が二手に分かれる...
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地名散策「①頴娃町郡」

頴娃町は,東シナ海に面した風光明媚な場所で,南薩山地の縁から広がる台地や山岳,河川,海岸線など,美しい自然と歴史に恵まれたところです。この地域には,荷辛路(にからじ),鬼口(おにぐち),平丹花(ひらたんが),一氏(ひとうじ),雪丸(ゆきまる...
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喜入地名散策【4】

喜入地区地形地図(海岸線)喜入地区の地形について,明治期の石碑に記された海難事故の碑文に,給食センター近くまで海が入り込んでいたことが記されています。図の青色のラインで示された当時の海岸線(海抜3~5mラインまで海中であった)を想定すると,...
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喜入地名散策【3】

14 その他 喜入の地名・中字名山岳に多い喜入の地名喜入の地名や中字名を調査すると,中世の地名起源が多いことが分かります。ア 仏教・修験者に関わる地名 「権現山」「虚空蔵岡」「大神山」「座頭山」「地蔵山」などの地名があります。イ 浸食・崩壊...
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喜入地名散策【2】

1 喜入 町名の喜入は,奈良期の給黎郡給黎郷の残留地名「きゅうれい」から「キイレ」と略音化したことが考えられます。もともと丘陵山裾の急傾斜地で,海岸に迫る台地端の崩壊地を意味する自然地名であったものを,縁起の良い瑞祥地名に替えたのではないで...
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喜入地名散策【1】

給黎(喜入)の地名由来 喜入と言えばやはり昭和44年から操業した喜入石油基地操業であろう。学生の頃,大型タンカーが錦江湾に入ってくる姿を見るとその大きさに驚き,鹿児島県が世界と貿易をする場になったことに誇りを感じていました。喜入の歴史 喜入...
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幸加木川上流の木村探元の墓と六地蔵塔

木村探元の誕生地(平田)と墓(小野)・ 幸加木神社入口の探元の墓地   木村探元は,薩摩を代表する全国的に有名な絵師ですので詳細については割愛します。木村家は,小野町の高嘉木(幸加木)から興った家系で神社の入口に木村家代々の墓と探元のものが...
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原良・西田・常盤・薬師・鷹師の地名由来《R6》1月2号

「西田校区郷土史誌」によれば,江戸時代の西田方限は,北は永吉の一部,原良,鷹師,薬師,西田,常盤,武の北側までの広範な地域にまたがっていたとされています。なお,ここでの「方限」とは,藩政時代の区画割り(門割り)を指し,時折「郷中」とも称され...
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下甑島・手打(てうち)の地名由来について《R5》12月12号

平家落人伝説の残る手打 甑島は,全国の僻地に多い「平家落人伝説の地」の中でも特筆される一つです。下甑島の「手打」の漢字表記は全国的にも珍しい地名で,当初は漠然と平家の落人伝説に由来しており,「源氏側の兵によって追われ,手討ちにされた平家の武...
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西田校区の地名【R5】7月17号

西田校区は中央を参勤交代の街道沿いに発展してきた。