歴史・自然(102)

地名散策(15)

大隅国と薩摩国の境,郡山と吉田の二つの花尾神社

大隅国桑原郡から薩摩国鹿児島郡へ編入 花尾山山頂から東西に直線で約1.5キロ離れた場所に,吉田町と郡山町の両方に花尾神社があります。これらの神社は共に丹後局を祭っていますが,江戸時代に藩によって祭神を合祀されたものと考えられています。もとも...
歴史・自然(102)

鹿児島市吉田町は元々大隅国だった

1587年,吉田町は豊臣秀吉の九州征伐の後,大隅国から薩摩国に編入されました。 日本の歴史において,江戸時代は「近世」,鎌倉時代・室町時代は「中世」,それ以前の奈良時代や平安時代を含む古い時代は「古代」と呼ばれます。この古代の頃,鹿児島を指...
歴史・自然(102)

地名散策「⑤頴娃町上別府」

頴娃町上別府の地名① 只角(タダスミ) この地は南薩山地から牧之内まで続く尾根の端に当たり,馬渡川と石垣川に挟まれた地形です。只の付く地名は,多田・但田・徒隅・駄田・只浦・只尾・只川・只隅・只越・只津・只野・只平・只松等の地名があります。上...
歴史・自然(102)

頴娃町の牧について

薩摩は古来より全国的にも有名な馬の産地であり,馬屋奉行を置き,最盛期には藩内に20カ所の牧があったと言われています。県史料集によると,江戸後期には,福山牧や長島野の大牧場の他に,吉野,鹿屋,頴娃などの中規模牧場を含む17カ所で,合計6,00...
歴史・自然(102)

頴娃地名散策「雪丸の地名由来」

雪丸の地形から 南九州市頴娃町の雪丸地区は南薩山地の山間に位置する盆地状の地域であり,真田幸村にまつわる伝説が残る地です。この伝説にちなみ,多くの真田幸村ファン,特に若い歴女が全国から訪れるそうです。真田幸村の墓 雪丸からアグリランド頴娃の...
歴史・自然(102)

真田幸村の墓と伝わる宝篋印塔(供養塔)

戦国武将ブームと歴女 平成になり,多くの学校で図書室に「歴史マンガ」シリーズがセットで置かれるようになりました。子どもたちが夢中で読んでおり,「戦国ブーム」となっていました。その頃から一部国語教師を中心に図書室に漫画を置くことに批判もあった...
地名散策(15)

喜入地名散策【4】

喜入地区地形地図(海岸線)喜入地区の地形について,明治期の石碑に記された海難事故の碑文に,給食センター近くまで海が入り込んでいたことが記されています。図の青色のラインで示された当時の海岸線(海抜3~5mラインまで海中であった)を想定すると,...
地名散策(15)

喜入地名散策【3】

14 その他 喜入の地名・中字名山岳に多い喜入の地名喜入の地名や中字名を調査すると,中世の地名起源が多いことが分かります。ア 仏教・修験者に関わる地名 「権現山」「虚空蔵岡」「大神山」「座頭山」「地蔵山」などの地名があります。イ 浸食・崩壊...
地名散策(15)

喜入地名散策【2】

1 喜入 町名の喜入は,奈良期の給黎郡給黎郷の残留地名「きゅうれい」から「キイレ」と略音化したことが考えられます。もともと丘陵山裾の急傾斜地で,海岸に迫る台地端の崩壊地を意味する自然地名であったものを,縁起の良い瑞祥地名に替えたのではないで...
地名散策(15)

喜入地名散策【1】

給黎(喜入)の地名由来 喜入と言えばやはり昭和44年から操業した喜入石油基地操業であろう。学生の頃,大型タンカーが錦江湾に入ってくる姿を見るとその大きさに驚き,鹿児島県が世界と貿易をする場になったことに誇りを感じていました。喜入の歴史 喜入...