ある教育長との出会い

教育長との思い出

 教職に就いてから,これまでに15人の教育長と出会ってきました。その中でも,特に印象に残っていて,一番お世話になったのが今回お話しする教育長です。お付き合い自体はわずか1年ほどでしたが,畑で採れた野菜をいただくなど公私共に,本当に温かく接していただきました。ただ,前回投稿したように,「△△センターの草払い作業」の件で私が抗議(かなりの勢いでした…)に行くなど,最初の出会いは決して良いものではありませんでした。

 新学期が始まってしばらくは,大きな問題もなく日々が過ぎていきました。ところが,二度目の出来事が起きたのは,小泉政権が発足して最初の国政選挙のときです。学校が投票会場に指定されていて,当時教頭だった私は,数時間おき或いは不定期に入ってくる開票速報の「中間発表」に対応するため,電話のある校長室や職員室を開けて待機していました。

前任校での出来事

 (鍵を預かった責任を果たしてくれれば…)本来であれば,教頭が職員室で待機する必要なんてまったくありません。ただ,前任校での出来事が少し引っかかっていたのです。というのも,選挙対応に来ていた役場の担当者が,校舎の出入口や校長室を開けたまま体育館で業務にあたっていたことがあって,その間に投票に来た高齢の方や子どもたちが,ふらっと校舎内に入ってしまったのです。どうやら懐かしさもあって,そのまま校内を見て回っていたようでした。

 そのとき,警備会社から連絡を受けた校長が慌てて駆けつけて,ちょうどその方々と鉢合わせになってしまいました。ところが,なぜか私が呼び出されて,この件について注意を受けることに。

 さらに,同じ地区内で選挙投票中に校舎内の備品が壊されるケースも重なったこともあり,選挙が終わって片付けがすべて完了するまで,教頭である私が職員室で出来る範囲で待機するよう指示されるようになったのです。

校長室の開放

 こうした経緯もあって,それ以降の選挙日には,校内や職員室でたまっている業務をこなしながら待機するようにしていました。当時はすでに携帯電話も普及していて,連絡手段としては十分使えると考えていましたし,投票所の体育館には電話回線用のジャックがあって受発信は可能でした。だったら,重要な書類が保管されている校長室や職員室をわざわざ開けておかなくても対応できるのではないか,というのが私の考えでした。

 ところが,選挙管理委員会の方からは,電波状況が不安定になる可能性や,プラグの不具合といったリスクもあるので,従来どおり校長室を開けておいてほしいという話でした。この件について当時の校長の判断で,「今後の選挙投票所において体育館での電話対応について検討してもらえないか」という趣旨で,選挙管理委員会に申し出を行うことになりました。(現在は電子投開票システムの導入などでこれまでのような煩雑な作業は少なくなったようです)  

 やがて,このやり取りが教育長の耳に入ることになり,なぜか教頭だった私が教育長室に呼び出されることに。得てしてこのようなケースでは「こちらの意図は正確には伝わらない」もので,言ってもいない枝葉がついて,要望として提案したことが別の形で伝わっていたのです。

 これまでも「学校の管理職からこんな酷いことを言われました」といった形で話が広がるのは珍しくなかったので,ある程度は慣れてはいましたが,さすがに相手が教育長となると話は別です。

 これまでの経緯もあり,私としても簡単に引き下がるわけにはいかず,自分の考えを教育長に率直に伝えました。すると,みるみる表情が変わり,前回私が抗議した勢い以上の“倍返し”の怒鳴り声が返ってきました。なお,このあとの詳しいやり取りについては,個人の特定につながる可能性もあるため,ここでは控えさせていただきます。

 お断りしておきますが,今ならすぐに「パワハラ上司だ」「〇〇ハラだ」と言われてしまいそうですが,当時はそういう振る舞いも少なからず残っていました。昭和の時代には,いわゆる“親分肌タイプ”の上司がけっこういて,厳しさと面倒見の良さを兼ねている方がいました。そして部下も言うべき意見は返すなど,黙ってはいませんでした。

・オーバーなイラストです…

自民党をぶっ壊す

 2001年4月,小泉純一郎氏は「自民党をぶっ壊す」という強烈なスローガンを掲げ,自由民主党総裁選挙に勝利し,内閣総理大臣に就任しました。この言葉は,従来の党運営や既得権益に対する大胆な挑戦を象徴し,多くの国民に強い印象を与えました。
 そのわずか3か月後の7月29日には国政選挙が実施され,「聖域なき構造改革」の是非に加え,自衛隊の海外派遣や多国籍軍への参加が主要な争点となりました。有権者は,改革の推進と安全保障の在り方という二つの課題について判断を迫られたのです。

~本来の学校の役割とは~
 こうした中で私は,例外なく無駄の削減を掲げる改革の理念学校現場にも及び,教育の在り方が大きく見直されるのではないかと期待しました。特に,教員の業務範囲が過度に広がっている現状を踏まえれば,負担軽減のための不要な連絡業務の削減は不可欠であると考えたからです。教員が本来,力を注ぐべき授業や児童生徒への指導に十分な時間を確保するためには,慣習的に続いてきた業務を見直し,真に必要なものを見極める姿勢が求められます。
 さらに4年後には,いわゆる郵政解散に伴う総選挙が行われ,郵政民営化の是非を軸に,改革路線そのものが改めて国民に問われることとなり,改革の理念が社会の各分野にどのように浸透していくのかを考える契機になったと言えるのでしょう。小泉政権の時は何かが変わると思い多くの国民が政治に強く関心を持つようになりました。

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