投票所からの中間報告
前回の投稿「ある教育長との出会い」の続きです。25年ほど前の選挙会場では,決められた時刻ごとに,その時点の投票者数や投票率を選挙管理委員会へ報告する必要があり,その連絡手段として校長室の電話が使われていました。学校側の要望は,前回も触れましたが「体育館から電話連絡ができるのに,なぜ校長室を使う必要があるのか」という一点でした。
当時勤務していた体育館には電話回線用のジャックがあり,外線の発着信が可能でした。そのため,重要書類が保管されている校長室や職員室をわざわざ開けなくても対応できるのではないかというものでした。そこで,「今後の投票所では体育館で中間報告の電話対応ができないか」と提案しましたが,検討すらされませんでした。当時は現在のような電子投開票システムもなく,学校管理職の負担は大きかったと思います。

国政選挙の投票所は,公職選挙法に基づき市区町村の選挙管理委員会が指定します。「地域住民が利用しやすいこと」「バリアフリーに対応しやすいこと」「一定人数を収容できること」などの条件から,学校の体育館や公民館,福祉施設,保健所などが主に使われます。また,JA支店や寺院,私立幼稚園など,公的機関以外の施設が選ばれることもあります。なお,民間施設の場合は休日利用であることを踏まえ,施設内の電話使用を極力控えるため,近くの電話線から回線を別途引き込むなどの配慮が行われることを聞いたことがあります。
選挙会場と人件費
学校の体育館が選挙会場になることは,これまで11校に勤務してきた中で,ほとんどの学校が避難所に指定されていて,同時に選挙時の投票所としても使われていました。ただ,1校だけは体育館の裏に崖があって,崩落の可能性があるということで,避難所にも投票所にも指定されていなかったこともありました。
さらに台風や豪雨のときには,体育館や校舎の一部が実際に避難所として使われることもあり,その間は体育館が使えなくなって,授業が1か月くらいできなかったこともありました。そういう場面になると,学校が地域の拠点として機能していることを実感したものです。
学校の環境整備は,入学式や卒業式,運動会などの行事に合わせて行うことが多いのですが,投票日には久しぶりに学校に来られる地域の方も多いのです。そのため,いつも以上に緑化も含めてきれいに整えるように気を配っていたのを覚えています。
公職選挙法改正と選挙特番
昭和44年の公職選挙法改正以降,政見放送はラジオだけでなく,当時一気に普及していたテレビでも行われるようになったそうです。私が若いころは,選挙といえばテレビが情報源の中心で,特に「選挙特番」はつい見入っていました。

ただ,最近はその雰囲気もだいぶ変わってきたなと感じています。報道の在り方に対する不信感や違和感もあるのか,テレビだけに頼らず,ネットニュースや官公庁の選挙公報を自分で確認する人が増えてきたそうです。とくに若い世代は,その傾向が強いように思います。
さらにSNSが広がってからは,「テレビや新聞で気になったことを,自分でもう一度調べて確かめる」というスタイルが当たり前になってきました。そういう流れもあってか,平成の初め頃のように,みんなで選挙特番を見るという感じは,だいぶ薄れてきた気がします。

それに加えて,芸人さんやタレントを前面に出した演出が強すぎると,「この特番は本当に必要なのかな」と疑問に思う若い人たちも多くなっているようです。本来であれば,当選した議員がどんな考えを持っているのか,これから何をしようとしているのかを,もう少し丁寧に伝えることが求められているのではないでしょうか。
こうして振り返ってみると,選挙特番の意義そのものが改めて問われているように思います。これからの選挙報道には,これまでのやり方にとらわれず,視聴者が信頼できる情報を分かりやすく届ける工夫が,ますます求められているのです。
選挙特番でのN氏当選確実の誤報

・薬局のおばさん(N氏の母)
当選確実のインタビューの後に,まさかの落選報道~あの出来事は今でもはっきり覚えています。それはかつて同じ町内会で応援していた,地元選出の国会議員N氏の選挙でのことです。N氏の実家は薬局で,お母さまは薬剤師として店を切り盛りしながら町内会の役員も務めていました。同じ班で私の母とも親しく,子どもの頃には学級の友人と喧嘩をすると,その薬局に行って「大岡裁き」をお願いしたものです。どちらにも偏らない公平な判断で,いつもみんなが納得して最終的に仲直りしていました。背が高く凛とした,温かくて頼れる方でした。
その後N氏は県議から国政へ進み,3期連続で当選。地元を大切にする姿勢もあり,私や家族も当然応援していました。そのN氏が4期目を目指して立候補した選挙特番のときです。
地元テレビは早い段階で「N氏当選確実」と報じ,事務所でのインタビューや祝賀ムードまでしっかり流れていました。同じ町内会で長年応援してきたので,私も大変うれしく思っていました。ところが翌朝の新聞やテレビでまさかの「落選」が報じられたのです。あのときの衝撃は忘れられなかったと同時に,「なぜあんなに早く不確かな報道を出したのか」と,報道の在り方に強い疑問と憤りを感じたのを覚えています。

開票率0%での「当確」???
かつては,開票率が0~数%の段階で「当選確実」が出ることも珍しくなく,その根拠は各社の独自の出口調査のようです。ただ,開票率0%の時点で「当確」を出す必要が本当にあるのか,今でも疑問に感じています。選挙で誰に投票したかは例え家族であっても言わないのが普通の時代でしたので,それを何故出口調査で言う必要があるのでしょうか。であれば,なおさら中間発表は必要ないはずです
どうしても視聴率を意識した過度な演出に見えてしまうのです。もちろん,選挙事務所の関係者など一部の人にとっては,こうした速報に意味があるのかもしれません。一般の有権者にとって,分刻みで更新される当選確実の報道が本当に必要でしょうか。翌日に確定した結果を知るだけでも十分ではないかと思います。先に触れた「中間発表」も,投票を促す目的があるとされていますが,私には選挙特番のための視聴率稼ぎのための過剰な演出のためとしか思えません。同じように受け止めている人も,少なくないのではないでしょうか。
選挙費用の内訳と過度な選挙特番の演出
| マスコミは,与党に有利な状況になると「選挙には莫大な費用がかかるし,何故この時期なのか」と強調して報じることがあります。「一番有利な時期に衆議院選挙を行う」ことはどの政党でも同じで,特に総理大臣に与えられた最大の権利~議会制民主主義の基本なのです。たしかに選挙には多くのコストがかかりますが,その内訳を見ると大きな割合を占めているのが選挙スタッフの人件費なのです。 選挙の運営には,投票所のスタッフや開票作業にあたる職員など,多くの人手が必要になります。さらに,選挙当日に行われる「中間発表」のためにも,細かな票の集計や確認を行う人員が配置されています。こうした作業の意義自体は,国民が選挙結果の動向をリアルタイムで把握できるという点では理解できますが,一方で,この中間発表の在り方については,今後見直しの余地があるのではないかとも感じます。 テレビやインターネットでの開票速報や情勢報道は,この「中間発表」のデータをもとに構成されていますが,それが過度な演出や「当確」を競うような報道につながっているという批判も少なくありません。マスコミの求めに応じて速報性を重視するあまり,本来の必要以上に細かく,頻繁にデータを更新している側面もあるのではないでしょうか。 さらに言えば,こうした細かな中間発表を支えるためには,当然ながら相応の人員とコストが必要になります。結果として,翌朝には正確な当落が確定するにもかかわらず,その前段階の速報のために多くの税金が使われている構図にも見えてきます。極端に言えば,テレビの選挙特番のために莫大な費用がかかっているとも言えるのです。 もちろん,情報公開や透明性の確保は民主主義において重要です。ただ,その手段としての中間発表が現在のような形である必要性が本当にあるのか,費用対効果を含めて,冷静に議論する時期に来ているのではないでしょうか。これまでも「当選確実」がひっくり返る事例もあったのです。 |
