忘れられないKさんの話

ユニークな子どもたち

 学校に長く勤めていると,実にさまざまな個性を持った子どもたちと出会います。退職して10年近く経った今でも,「あの子は今,どうしているだろう」と,ふと思い出すことがあります。これからお話しするのも,そんな忘れられない一人の女の子の話です。

 普通,問題行動を起こした子どもの方が関わる時間も長くなり,記憶に残ることが少なくありません。しかし,そのKさんは友だちが嫌がる迷惑をかけるようなことはほとんどしませんでした。それでも,思いもよらない行動で何度も私たちを驚かせたのです。まさに「予想の斜め上」をいくような子どもでした。

 振り返ってみると,担任だった頃の私は,子どもたちに対する責任感から,突拍子もない行動を素直に笑って受け止める余裕はなく,「何とかしなければ」「早く解決しなければ」という思いが先に立っていたように思います。

 しかし,教頭になって子どもたちと接するようになると,少し距離を置いて一人一人を見ることができるようになりました。そのため,以前なら困った行動としか思えなかったことも,「この子らしいな」と微笑ましく感じられることが増えたのです。担任と教頭では,子どもとの関わり方も見え方も違うのだと,改めて感じました。

 エピソード(1)

 授業中,Kさんの担任の先生が職員室へ飛び込んできて,「Kさんがヘビに噛まれました!」と慌てた様子で知らせてきました。その学校は体育館裏が山林に接しており,マムシやヤマカガシなどの毒蛇を見かけることもあったので,マムシにでも噛まれたのかと思い,「どこで噛まれたのですか」と聞き返しました。

 ところが返ってきた言葉は,「教室です」でした。思わず耳を疑いました。2階の教室にヘビがいるなんて,とても考えられなかったからです。急いで教室へ行くと,Kさんの唇から血が流れていました。万一,毒蛇だったら大変です。応急処置として傷口からできるだけ血を押し出そうとすると,教室の隅にヘビがいるのを見つけました。よく見るとシマヘビでした。シマヘビには毒がないので,ひとまず胸をなで下ろしました。

 それでも,2階の教室にヘビが現れた理由が不思議だったので事情を聞くと,Kさんは登校途中でシマヘビを捕まえ,ランドセルに入れて学校へ持ってきていたそうです。授業中にそのことを思い出し,ヘビを取り出して遊んでいるうちに,可愛くなりキスをしようと顔を近づけた瞬間,唇を噛まれて泣き出したのでした。子どもらしい好奇心が招いた,何とも驚きの出来事でした。

 とはいえ,シマヘビは気性が荒く,噛みつくことがあります。また,傷口が化膿することもあると聞いていましたので,念のためKさんを自宅まで送り届け,病院を受診するよう勧めしました。翌日,Kさんは元気に登校してきました。やはり唇は腫れていましたが,幸い症状は軽く,その後は順調に回復しました。

 しばらくしてから,Kさんに図鑑を見せながら,噛まれたヘビの種類を確認しました。すると,Kさんはシマヘビだけでなく,マムシやヤマカガシといった毒蛇や無毒の蛇のこともよく知らないようでした。知らずにランドセルに入れてきたのです

 そこで,全校朝会の機会を利用して,子どもたちに実物に近い大きな写真を見せながら,マムシやヤマカガシ,シマヘビなどの特徴や見分け方,よく見かける場所,出会ったときの注意点などについて話をしました。子どもたちには,「ヘビを見つけても,決して近づいたり捕まえたりせず,大人に知らせること」を伝え,安全について改めて呼びかけました。

蛇の多い原因は池

 この出来事をきっかけに,学校内の安全対策を見直しました。職員室横には池があり,オタマジャクシやカエルを狙ってヘビが頻繁にやって来ていました。ちょうど魚は飼っていませんでしたので,ヘビが寄りつきにくいように池の水を抜くことにしました。

 また,子どもたちがよく遊ぶ場所を中心に草刈りをすると,思っていた以上に多くのヘビが潜んでいることが分かりました。その中には,つがいと思われるマムシもいました。子どもたちの安全を第一に考え,やむを得ず駆除することにしました。

 その様子をたまたま見ていた高学年の子どもが,「教頭先生,ヘビにも命があるんですよ。かわいそうです」と話しかけてきました。ちょうどKさんがヘビに噛まれた出来事があったばかりでしたので,私は「ヘビにも命はあるそのとおり。でも,先生にとってヘビよりもみんなの命を守ることの方が大切なんだよ」と答えました。その子は何も言わずに立ち去っていきましたが,命の大切さと子どもたちの安全を教えていくことの難しさについて,改めて考えさせられました。

 その後もマムシを何匹か駆除した影響だったのか,翌年になると今度はヤマカガシが異常発生。自然界の生態系は実に複雑で,人の手を加えることで思いもよらない変化が起こることを実感した出来事でもありました。

※ ちなみに,ヤマカガシが毒蛇だと知ったのは,教員になってからです。子どもの頃は友達と「ヘビ取り競争」をして遊び,シマヘビやヤマカガシを必死に捕まえていました。当時はヤマカガシが毒蛇だとは誰も認識しておらず,多くの人が私と同じように毒がない蛇だと思っていました。今思えば,とても危険な遊びでしたが,当時はそれほど深く考えることもなく,夢中になって野山を駆け回っていたものです。

 エピソード(2) 

 Kさんの話の続きです。

 その翌年のある日,学校に一本の電話がかかってきました。

 「そちらの学校の子どもが車にはねられたようです。道路に倒れていて動きません。」と,高齢の女性からの切迫した連絡でした。これまでも地域の方から同じような連絡を何度か受けたことがあったため,私は「またKかな」と嫌な予感が過りました。

 「どの辺りでしょうか」と場所を尋ねると,案の定いつもの場所でした。女性は慌てた様子で場所を教えてくださったので,確認後報告するため「失礼ですが,お名前をお聞かせいただけますか」と尋ねました。すると,「そんなことはどうでもいいでしょう。とにかく急いでください。」と言い残し,電話は切れました。

 恐らくその方は,人命に関わる緊急事態で一刻も早く現場へ向かうべきなのに,落ち着いて名前を聞かれたことへのいらだちがあったのでしょう。

 ちょうど職員室にKさんの担任がいたので,「〇〇先生,Kがまた寝ている」と声をかけ,二人で現場へ向かいました。到着すると,遠目には確かに交通事故の現場にしか見えませんでした。Kさんは歩道脇に大の字になって横たわり,ランドセルのふたは開いたまま,中から教科書やノートが散乱しています。頭はランドセルを枕代わりにし,足は車道側へ投げ出した格好で,事情を知らない人が見れば,「ひき逃げ事故ではないか」と思っても不思議ではない光景でした。

 私は近づくと直ぐに「K,起きろ」と声をかけました。するとKさんは目を開け,「ああ,教頭先生。どうしたの?」と,眠たそうに答えたのです。その瞬間,担任の先生が「どうしたのじゃないでしょう!」と怒った表情で顔を近づけると,Kさんは慌てて起き上がり,散らばった教科書やノートを手早くランドセルへしまい始めました。

 事情を聞くと,Kさんの家は学校から片道3キロ離れており,帰り道は長い上り坂が続きます。そのため,疲れると途中の歩道の縁石を枕代わりにして寝転び,休憩するのが習慣になっていたようです。しかし,その姿は交通事故で倒れているようにしか見えず,通りかかった方が心配して学校へ連絡してくださることが何度もありました。

 今回も,電話をくださった方は,きっと大きな事故だと思って慌てて知らせてくださったのでしょう。名前も名乗らず電話を切られたため,後から「大丈夫でした」とお礼の報告をすることはできませんでした。おそらく,翌日の新聞などに事故の記事が出ていないことを見て,「何事もなくてよかった」と安心してくださったのではないかと思います。今振り返ると,地域の方々が子どもたちを温かく見守ってくださっていたことを実感する,忘れられない出来事の一つです。

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