教職員のPTA活動と職務専念義務

A校長先生との思い出

 前回の続きで亡くなったA校長先生との話です。

 初めて教頭になった頃は,何もかもが手探りで,教頭という立場柄,気軽に相談できる相手もほとんどいませんでした。そんな私にとって,教頭会長を長く務め,多くの経験を積まれていたA先生は,管理職として多くのことを学ばせていただいた大先輩でした。

 判断に迷うことがあると,私は真っ先にA先生へ電話をかけていました。すると,そのたびに冗談を交えながら温かく助言してくださり,不安な気持ちを和らげてくださいました。また,ときには若い教頭たちを飲み会やカラオケに誘い,仕事の悩みを気軽に語り合える場をつくってくださるなど,私たち若手教頭をいつも温かく見守ってくださいました。歌が好きなA先生の十八番は小林旭さんの『昔の名前で出ています』で,「♪京都にいるときゃ『教頭』と呼ばれたの…」と替え歌で歌い始めると,みんな大笑い。

 張り詰めていた私の気持ちも,その替え歌一曲で一気にほぐれました。今思えば,「後ろに校長がいるのだから,あまり教頭職を意識しすぎず,『たかが教頭』くらいのラフな心持ちで臨みましょう」という,A先生なりの優しい励ましだったのだと,今でも懐かしく思い出します。

手当の返還

 そんなA校長先生からは,教頭としての経験に基づくさまざまな助言をいただきました。その一つが,PTA役員手当(年額4000円)のことです。「公務員は兼業が制限されているので,たとえ少額でも受け取ったらだめですよ」と教えられ,翌日すぐにPTA会長へ相談しました。幸い快く理解していただき,すでに総会で決算承認後だったため返還はせず,図書購入費への寄付として処理していただき,翌年度からは受け取らないことにしました。

 もう一つは,公民館主事として支給されていた年額5万円の手当です。こちらも辞退したいと役員の皆さんへ相談すると,「これは手当ではなく経費と実費だと思ってください」と意外にも強く引き止められました。その意味は,後に公民館主事の仕事を経験する中で少しずつ分かっていきます。さらに,兼業許可申請を出していなかったため教育委員会へ相談しましたが,「把握していますので提出しなくても大丈夫ですよ」との返事でした。今では考えにくいことですが,当時の地方ではこうした運用がまだ曖昧な時代だったのです。

 赴任早々「公民館主事も「宛て職」になっていますのでお願いします」と言われたときは本当に驚きました。右も左も分からない教頭一年目は,公民館主事の仕事に追われ,「公民館主事の合間に教頭をしている」と感じるほど慌ただしい毎日だったことを,今でも思い出します。

※ その年の「宛て職」は,公民館関係だけでも「老人クラブ」「青少年活動」「防犯委員会」などの書記をはじめ16にも及び,教頭になれば,それらの役職をすべて引き継ぐのが当たり前でした。教員仲間からは「地方の小さな学校の教頭は楽でしょう」とよく言われました。しかし,実情を説明して理解してもらおうという気力さえ,その頃の私には残っていませんでした。

 教職員の兼業許可と働き方改革

 教育公務員は,営利企業で報酬を得る事業への従事が原則として制限されており,職務専念義務や公正性を損なわない範囲で兼業が認められています。教職員については,専門性を生かした活動や地域貢献など一定の配慮がありますが,近年は「働き方改革」の流れの中で,「本来業務に支障を生じさせないこと(勤務時間や負担)」がより厳しく求められるようになりました。
 私が教頭や校長を務めていた頃も,教職員にはさまざまな宛て職がありましたが,必要性を見直して整理・改善を進めた結果,後任の先生方が引き継がずに済んだ役職も少なくありませんでした。振り返ると,学校には「教育のため・子どものため」という名目で,本来は学校が担わなくてもよい仕事が数多くあったように思います。現在では教員の長時間労働過労死が社会問題として報道されるようになりましたが,当時はほとんど話題になることもなく,実際に何人もの管理職仲間が志半ばで突然亡くなりましたが,病死で片づけられました。

学校敷地内での飲酒禁止

 当時,教頭になってまず驚いたことの一つが,小さな港町ならではの網元文化の中で,地域との付き合いに思いのほか費用がかかったことでした。年間にすると数十万円にもなり,その大半を占めていたのが,教頭住宅で来客をもてなすための懇親会などの接待費です。当時は,学校敷地内での飲酒や喫煙に今ほど厳しい制限はなく,運動会の打ち上げは校庭で行われ,町民体育大会の夜間練習も学校が会場になっていました。しかも校区には飲食店が一軒もなかったため,二か月ほど続く町民体育大会の練習が終わると,そのまま飲み方が始まり,「二次会で少し飲もう」という選手や役員の皆さんが教頭住宅へ集まって来るのが恒例でした。こうした宴会は公民館関係だけでも年間30回を超え,そのたびに飲み物やつまみを用意するのも,いつしか教頭の役目のようになっていました。もちろん,断ろうと思えば断ることもできたのでしょうが,その都度集まる顔ぶれも違い,地域との信頼関係を築くことを考えると,なかなかそう割り切れるものではありませんでした。今振り返ると,こうした地域との付き合いも,公民館主事を兼ねる教頭に求められていた大切な役割の一つだったのだと感じています。

 これまで県内の多くの学校で,運動会の後には反省会を兼ねPTAや校区主催の懇親会が,校庭や体育館など学校敷地内での飲み方が普通でした。
 平成14年に健康増進法が制定され,受動喫煙防止への意識が高まると,学校敷地内での飲酒や喫煙を伴う懇親会はできなくなりました。そのため,運動会後の打ち上げや地域との懇親会は,一次会から校長住宅や教頭住宅で開かれることが多くなり,管理職の住宅が地域やPTAとの交流の場として利用される機会が増えていったのです。

PTA活動の課題について

PTAの新たな動き

 共働き世帯の増加に伴い,PTAでは役員決めや活動への参加負担が課題として指摘されるようになりました。しかし,実際にPTAを廃止した学校の多くは「思ったほど困らなかった」と感じており,学校側も大きな支障はなく,行事を見直して本当に必要な場面だけ保護者に協力をお願いすれば,自然と支援が得られているようです。また,教員がPTA活動に深く関わることには法的な制約もあることから,会費を徴収しない「保護者会」へ移行する学校も増えています。教職員の時間とエネルギーをPTA事業ではなく本来の教育活動に充てられるようになるため,こうした見直しは保護者・教職員の双方から歓迎される傾向にあるようです。

職務専念義務や兼業制限

 学校の教職員は地方公務員であるため,地方公務員法教育公務員特例法に基づく職務専念義務や兼業制限を受けています。本来,任意団体であるPTAの役員を務めることは,学校管理者としての立場と私的団体の役員としての立場が重なるため,学校の管理職がPTAなど外部団体のために本来の職務以外の業務を行い,その対価として報酬や手当などの経済的利益を受ける場合には,原則として兼職・兼業の許可が必要となります。

 PTAや地域クラブなどの非営利団体であっても,報酬を伴えば兼職・兼業として扱われるのが一般的であり,PTAは法律上の公的機関ではなく,通常は私的団体と解されています。一方で,保護者や地域との連絡調整,PTAとの打合せ,学校行事と密接に関わる調整や説明などは,PTAのボランティア活動ではなく,校務分掌や職務命令に基づく学校業務として整理し,勤務時間内の職務として行うことが望ましいとされています。

PTA総会後の苦情

 今から25年以上前のことです。PTA総会が終わった後,一人の保護者の方が「少しお話があります」と私を訪ねて来られました。その方は大阪から転勤して来られた裁判官で,表情からもただならぬ雰囲気が伝わってきました。

 私は,校長が同席したままでは話が硬直し,お互いに発言の修正や軌道修正が難しくなると考えました。一方,教頭であれば,必要に応じて後から校長が説明を補足したり訂正したりすることもできます。そこで校長先生にはいったん席を外していただき,私一人でお話を伺うことにしました。するとその保護者は少し感情的な口調で,「あなたは勤務時間中に任意団体であるPTAについて長い説明をしていましたね。それは法令違反ではありませんか」と切り出されました。

 そこで私は,「本校ではPTAや公民館などの社会教育団体との連絡・調整は校務分掌に位置付けられており,私は学校のPTAの担当者として年間計画の説明をしました。校長の挨拶も同じ位置付けであり,PTAに限らず公民館や防犯協会などの会合でも学校を代表して説明や挨拶を行うのが,鹿児島県ではごく一般的な対応です」と説明しました。

 その上で,「もし法的に問題があるとお考えでしたら,教育委員会へご意見をお寄せください」と伝えました。また,その方は転勤して来られたばかりで,大阪ではPTAへの加入や参加などは任意なのに鹿児島では事実上強制的であることに強い違和感を抱いておられたようでした。

 そこで,「もし脱退を希望されるのであれば,その意思をPTA会長へ直接お伝えください」と申し上げましたが,最後まで納得された様子はなく,やや険しい表情のまま校長室を退室されました。今振り返ると,この出来事は,本県では当たり前と考えられていた学校とPTAの関係が,他県から来られた保護者には全く違って映ることを初めて実感した出来事でもありました。

任意団体としての限界

 PTAは,「子どものため」「地域で子どもを見守る」「ボランティア精神」という美名のもとで活動してきました。その一方で,任意団体でありながら教職員や保護者に事実上参加を強制する運営が続き,教職員の長時間労働や,保護者の実質的な強制加入などの問題も生じてきました。

 近年は,PTAは任意団体であり,加入・退会は自由であることが広く知られるようになりました。また,教職員も地方公務員として「職務専念義務」や兼業禁止など法令を守る必要があり,これまでのような慣例だけでPTA活動を続けることは難しくなっています。

 これからのPTAは,学校の補助組織ではなく,自立した社会教育団体として,学校・家庭・地域がそれぞれの役割を尊重しながら,子どもの成長を支える新しい連携の形を目指すことが大切ではないでしょうか。

PTAをめぐる訴訟

 平成10年代になると,全国的にPTAをめぐる訴訟が相次ぎ,鹿児島県内でも組合系の学校事務職員を中心に,「任意団体であるPTAの会計業務や通帳・現金の管理を勤務時間内に行うことには法的な問題がある」として担当を辞退する動きが広がり,一部の学校では教頭がPTA会計を年度途中から兼務する事例も見られるようになりました。私が勤務していた学校では,早くからPTAが会計担当職員を雇用していたため大きな混乱はありませんでしたが,教頭として予算や決算の一部に関わっていたこともあり,内心では気がかりでした。
 また,その頃からはPTAの在り方そのものに疑問を抱く保護者の声も教育現場で聞かれるようになり,あの裁判官から話を伺いながら,「いよいよ,この問題が現場でも表面化する時代になったのだな」と実感したことを今でも覚えています。その後,学校職員が勤務時間中に任意団体であるPTAの業務に関わることは,地方公務員法第35条の「職務に専念する義務」との関係から法的な問題が指摘されるようになり,振り返れば,学校事務職員がPTAの会計や集金,庶務を日常的に担当し,そのために職務専念義務免除(職専免)を適用していた従来の運用には,法的に無理があったことは否めないと思います。
 しかし,戦後間もない混乱期には,戦災孤児や生活困窮家庭への支援など,学校は家庭や地域社会が抱える様々な課題に深く関わらざるを得ませんでした。そのような時代背景の中で,GHQが導入したPTAは,学校・家庭・地域が力を合わせて,子どもを育てる仕組みとして大きな役割を果たしてきたことも事実です。だからこそ,行き過ぎた活動は見直す必要がありますが,法的に白黒だけで割り切ることが本当に将来の日本社会にとって望ましいのか真剣に考えるときが来ているのではないでしょうか。
 欧米には,権利や法を重視する考え方の背景に,宗教地域共同体などの文化的基盤が長い年月をかけて育まれてきた歴史があります。一方現在の日本はどうでしょうか。国の文化や道徳,地域社会の実情を踏まえ,法律を尊重しながらも人と人との支え合いや地域とのつながりを大切にしていくことが,これからの社会には求められているのではないでしょうか。

・鹿児島市の戦災孤児は甲突川河川敷や城山などに住み着いていたそうです。

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