学校よもやま話~雑感(22)

学校よもやま話~雑感(22)

うつせみ先生の想い出とビートルズ

英語の授業の一コマ 中学校時代の副担任で女性の英語の先生が「うつせみ」というあだ名でした。そのころ何名かの女子がそう呼んでいたことを覚えています。彼女は英語の授業をしながら,時折自分の好きな万葉集の話で脱線するのです。授業の内容は覚えていま...
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島口の方言札について《R6》2月8号

徳之島の想い出 かつて勤務していた徳之島に30数年ぶりに訪れました。驚いたことに,新しい建物が立ち並び,道路が整備され,ますます見どころや観光地が増え,新鮮で美味しい店もたくさんできている印象でした。・夜光貝のさしみ しかし,以前とは異なり...
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学校教育指導方法改善(2)「三人寄れば文殊の知恵」~グループ活動の充実《R6》2月7号

・ 指導方法の改善について  新採の頃,自分自身の授業に不安を感じ,先輩教師から助言を受けながら授業方法を改善していきました。まず,「板書の工夫」や「子どもたちの学び方」に焦点を当て,漠然と「学習の仕方」を教えるのではなく,「自ら考える学習...
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教育「指導方法改善(国語科)」子どもたちの作文《R6》2月5号

今から30年ほど前,県作文コンクールの審査員をしていた時の話です。県内から地区審査を経た多くの優秀な作品が集まるので学年別に分かれて審査します。低学年の作品には楽しい内容が多く,学級担任の先生方の丁寧な指導が伝わってきます。 高学年の作品の...
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学校よもやま話~雑感その1「宿直」《R6》2月3号

今の校舎は児童数減少に伴い,空き教室を活用した更衣室や学年室などがあり,先生方の休憩場所として利用されています。児童数が多かった昭和30~40年代は空き教室が殆ど無く,唯一用務員室(主事室)が憩いの場で,職員同士の団らんの場でもありました。...
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朝の挨拶運動での一コマ《R6》1月5号

春先の挨拶運動中、正門の花に水をかけていた時の出来事です。私が着用していたマスクを見て、黄色いカバンを背負った1年生の男の子が近づいてきました。「先生、お花さんに風邪をうつさないでね」と優しく声をかけてくれました。ところが直ぐに,一緒に歩い...
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阪神淡路大震災で被災した小2の女の子の話《R6》1月3号

今から29年前,阪神淡路大震災の後,しばらくして神戸から被災した2年生の女の子を学級で受け入れたことがあります。その子は自宅で被災し,父親の祖母宅に一時的に避難してきたのです。転入書類を受け取ると,連絡欄には「家屋が倒壊し,母親がその子をか...
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鹿児島県の形はドラゴン《R6》1月1号

都道府県の形(4年社会科) 社会科の「わたしたちの県」という単元で,「日本地図を広げて~県の広がり」という内容がありました。子どもたちは,副読本に掲載されていた千葉県や神奈川県,茨城県など特徴的な形を見てその位置と名前を当てていき,最後に鹿...
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校訓碑について【R5】11月4号

ある朝の校訓碑のエピソード 朝の挨拶運動の中で、いつも元気な挨拶をしてくれる2年生の女の子がいました。ある日、その子が挨拶を終えて校訓碑「かしこく・やさしく・たくましく」の横を歩いていると思ったら、突然ランドセルを揺らしながら引き返してきま...
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日本一のマンモス校,鹿児島市立城西中学校【R5】10月1号

(1) 高校の学区制について 戦後の高校は基本的には住所に基づく「学区制」でした。昭和30年代から実際には鶴丸・甲南では下宿組が多く占めていました。また「名門大学入学」への地方からの教育熱は凄まじく,中学校(小学校高学年)から対策を講じるよ...