縁側という空間
昔の家は,縁側がある大きな家が多いでした。縁側は単なる家の一部ではなく,子どもの頃の私にとって,最も多くの時間を過ごした場所でした。日向ぼっこをしたり,ぼんやりと空を眺めたり,またスイカの種を飛ばしたり,月見の団子を食べたりと日常の楽しみがそこにはありました。
また,そこは「家と外とをゆるやかにつなぐ出入口」とも言える存在でした。外と居間とのあいだに位置し,冷たい風ややわらかな光といった季節の気配を,そのまま家の中へ運び込んでくれる場所のようでした。
夏の夜は蒸し暑さのため,ガラス窓を開けたまま眠ることがよくありました。すると,家の明かりに引き寄せられたカブトムシやカナブンが,障子にパンパンと音を立ててぶつかってくるのです。それもまた,どこか風情のある楽しい思い出として心に残っています。

もっとも,いいことばかりではなかったのです。蚊が多いため蚊帳が欠かせず,朝めを覚ますと,その隙間に昆虫やゴキブリが入り込んでいることもありました。とりわけ,手のひらほどの大きな家グモが,縁側から自由に行き来していた光景は,強く印象に残っています。
このように,縁側は快適さと不便さとが入り混じりながらも,家の中でも自然とともに暮らす感覚を日々実感させてくれる空間でもあったのです。

一方で,現代の住宅は気密性が高く,冷暖房も整っているので,日ごろ外気を取り込む機会が少なくなりました。換気のために窓を開けることはあっても,温暖化の影響で春や秋の過ごしやすい季節は短くなり,エアコンなしでは快適に過ごせない日も増えてきたのです。かつての日本家屋では,「家を守るために窓を開ける」という教えがあり,雨戸を開けて風を通すことも,住まいを長持ちさせるために欠かせないことでしたが,そうしたことも次第に薄れてきているようです。
縁側の魅力は,何よりもゆったりと過ごせるところだと思います。何もしない時間,誰かを待つ時間,遠くから聞こえる車の音や蝉の声,そして友人が自転車でふらりと訪れる気配など家と外とがゆるやかにつながる境界のような所です。今の住まいにも,ウッドデッキやテラスといった空間はありますが,縁側ほど生活に溶け込んだ「中間の拠り所」は少ないのかもしれません。

雨戸のふし穴
父の転勤で,私たち家族がこれまで暮らしてきた住宅は,東向きや南向きの造りが多く,縁側から差し込む朝焼けの光で目を覚ますことがしばしばありました。
また,当時の窓ガラスは薄く,割れやすかったのです。そのため冬場や風の強い日はガラスが割れるのを防ぐ目的もあり,雨戸を閉めることが習慣となっておりました。そして,その雨戸の開け閉めは私の役目でした。朝起きると,まず家中の雨戸を順に引いて戸袋に収めるのですが,一枚一枚が重く,結構な重労働だったと記憶しています。
しかし,その作業で,ささやかな楽しみもありました。雨戸にある小さな節穴から外の景色を覗くことです。(目と穴を少し離して,くっ付けてはダメです)雨戸を閉め切った室内は真っ暗で,木製の雨戸の小さなふし穴から覗く外の景色は明るくまぶしいのです。そして,穴の中から覗く景色は上下逆さまに映るのです。その不思議な現象が面白く,毎朝のように飽きることなく覗いておりました。こうしたちょっとした日常のひとこまは,当時の一日の始まりと共に,今でも思い出の一コマになっています。

※ 家の中が暗く,外が明るい場合に小さな穴から覗くと起こる現象
ゴキブリの話
縁側でもう一つ記憶に刻まれた出来事があります。この話はこれまで多くの人に話しましたが,なぜか誰も信じてくれませんでした。けれども,私にとっては忘れがたい,はっきりとした記憶の一つです。
小学校低学年の頃,農村地帯の大きな貸家に住んでいた時のことです。ある年の夏休み,父が三週間ほどスクーリングに出かけたのに合わせて,私たち家族も鹿児島市の祖父宅で夏休みを過ごすことになりました。そして約二十日ぶりに借家へ戻り,いつものように障子を開け,縁側の右端から雨戸を開けていきました。
ところが,雨戸を開けたのに,最後の窓ガラスだけは暗いままでした。「なぜ外の光が入らないのだろう」と一瞬不思議に思い,真っ黒な窓に目を近づけて見ました。すると,ガラス一面にびっしりと,おびただしい数のゴキブリが張り付いていたのです。その様子は,まるで黒い影が窓を覆い尽くしているかのようで,イメージとしては,となりのトトロの「真っ黒くろすけ」のようでした。

・ニコニコ動画より
その中の一匹と目があい,しばしの沈黙がありました。次の瞬間,それらのゴキブリが一斉に飛び立ち,家中へと散っていきました。あまりの出来事に,私は何が起こったのか理解できず,しばらくその場に立ち尽くしてしまいました。やがて我に返ると,自分の体にも4~5匹付着していることに気づき,慌てて払いのけたことを覚えています。
当時の家は板ガラスの窓で,冬場や風雨の強い日には雨戸を閉めるのが常でした。通常であれば,何日も家を空けることはありませんので,このような事態は起こりにくいはずです。とにかく昔の木造住宅は隙間だらけで小さな虫はどこからでも入れたのです。近隣には鶏や牛を飼っている農家もあり,そのような環境が影響していたのかもしれません。

今振り返っても,あのときの光景は現実とは思えないほど強烈で,幻影のようにも感じられます。それでも確かに体験した出来事として,私の記憶に深く刻まれています。
