教師との出会い
2025年7月30日の当ブログ「舟を編む~辞書との出会い」で,京都帝大を卒業された国語の先生のことを書きました。その先生はとても教え方が上手で,私は国語が好きになりました。

中学校に入ると,自分なりの目標や志をもっている生徒は,先生によって左右されることはあまりないのかもしれません。しかし,ごく普通の生徒にとっては,「先生との出会いが,その教科を好きになるか嫌いになるかを大きく左右していた」ように思います。
私が1年生のときの国語の先生は,授業が分かりやすく,とても熱心な先生でした。そのため国語の時間が楽しみで,「もっと国語を頑張って,文系の道に進むのもいいかもしれない」と考えるようになったのです。父も国語教師でしたので,予習・復習に力を入れようと思い,父から「※教師用指導書」を借りて学習を始めました。授業についていこうと毎日一生懸命に予習や復習をしていました。
ところが,中学2年生になると状況は一変しました。次の国語の先生は,辞書を引かせたり,文章表現や語句を調べさせたりすることもなく,ただ黒板に書いた内容を書き写させるだけの授業が多かったのです。私の学習意欲は急速にしぼんでしまいました。理数系の科目は比較的好きだったものの,その後も国語だけは最後まで苦手意識を引きずることになりました。
| ※ 教師用指導書とは,教科書会社が教科書に合わせて作った教師向けの参考書です。授業の進め方や教材の解説,板書例,テスト問題,評価のポイントなどが載っていて,授業を準備する際の大きな助けになります。 また,指導書の付録として付いている「赤刷り本」は,教科書の要点を朱書きでまとめた参考資料です。私はまず指導書をしっかり読んで教材研究を行い,そのうえで確認のために赤刷り本を参考にしていました。 |

教師用指導書
私は,父からその学年の教師用指導書を借りて予習をして,授業に臨んでいました。ところが驚いたことに,その先生の授業は教師用指導書の内容をほぼそのまま黒板に書き写しているだけだったのです。しかも,一度板書を始めると,決められた分量を書き終えるまで生徒の方を振り向きません。ひたすら黒板に向かったままです。

前年の国語の先生のように辞典を使った調べ学習があるわけでもなく,生徒に発表させる場面があるわけでもありませんでした。そんな授業ですから,生徒たちも次第に退屈していきました。
私自身も,「指導書の内容をそのまま書き写すだけで授業になるのだろうか」と少なからずショックを受けたことを覚えています。

やがて私も授業中に友人とふざけるようになり,手紙のやり取りをしたり,ヒソヒソ話をしたりする始末でした。今振り返れば,教師の教え方一つで生徒の学習意欲が大きく変わることを身をもって経験した出来事だったと思います。
ある日,私は隣の友人に「あと3行書き終わるまでは先生は振り向かないよ」と話しました。すると,その予言(?)を何度か聞いていた友人が突然立ち上がり,教卓の前まで歩いて行ったのです。そして板書をしている先生の前で生徒の方を向き,変顔をしながらピースサインをしました。周囲の生徒たちは「勇気があるなあ」とクスクス笑っていました。
しかし,それでも先生はまったく気付かず,ひたすら黒板に向かって板書を続けていました。この遊びは次第に広がり,その後はさらに2,3人の生徒まで加わるようになったのです。今思えば笑い話ですが,授業が生徒の心をつかめなくなると,教室がどのような状態になるのかを示す象徴的な出来事だったように思います。

授業中のふざけ
ある日,別の友人が私に「あと何行?」と聞いてきました。みんなこの遊びにも慣れてしまい,少し面白味がなくなっていたので,私は新しい反応が見たくなりました。本当はあと1,2行で板書が終わるところだったのですが,片手を広げて「あと5行」という合図を送ったのです。
すると,その友人は安心したのか,小躍りするように教卓の前へ向かいました。ところが,その瞬間に先生が板書を終え,突然生徒の方を振り向いたのです。教室の後ろの席の生徒たちは,その様子を見て一斉に吹き出しました。先生は不思議そうな顔をして,「どうしたんだ?」と尋ねました。
皆が固唾をのんで見守る中,その友人はとっさにお腹を押さえながら,「先生,トイレに行ってもいいでしょうか」と言ったのです。その機転のよさに,後ろの生徒たちから思わず拍手が起こりました。しかし,何が起きたのか分からない先生は,「静かにしなさい」と注意するだけでした。
やがて友人がトイレから戻ってくると,私の方をじろりと睨みました。しかし,その顔はどこか笑っているようにも見えました。
今思えば,授業そのものに生徒たちの関心が向いていなかったからこそ起きた出来事だったのでしょう。教師が黒板ばかり見て生徒を見ていないと,教室では思いもよらないことが起こるものだと実感した出来事でした。
その先生は一年間ずっとそんな調子でしたので,生徒の多くが国語を苦手になっていったように思います。私自身も,いつの間にか理系へと進路を傾けていました。振り返ると,国語の授業で学んだ内容よりも,友人たちとのそんな出来事の方をよく覚えています。

希望調査と将来の夢
中学2年生の3学期,担任の先生から「理系・文系の希望調査」がありました。母に相談すると,「小学校の教員なら文系が有利かもしれないね。中学や高校で理科や数学を教えるなら理系になるね」と,まるで私を教員にしたいかのような勢いで話していました。
もっとも,当時の私は親戚を含めて周囲に教員が多かったこともあり,「教員だけにはなりたくない」と思っていました。そのため,母の話も半ば聞き流していたように思います。
とはいえ,このとき初めて自分の将来について真剣に考えたのも事実です。周りを見渡すと,友人の親の仕事は自営業や商店経営,会社勤めなどさまざまでした。しかし,特に「この仕事に就きたい」と思えるものはありませんでした。
一方で,教員になりたくないことははっきりしていましたが,何になりたいのかはまだ考えてもいませんでした。文系と理系のどちらが好きかと聞かれれば理系でした。成績も文系科目より理系科目の方が良かったからです。もちろん,高校入試や大学進学を考えれば,いずれ理系か文系かを選ばなければならないことは理解していました。ただ,当時は将来の職業を具体的に考えるというよりも,まず自分は何に興味があり,何が得意なのかを探している段階だったように思います。

ちょっとブレイク
教材研究の大切さ
話は変わりますが,私が初めて教員になった頃の,教材研究不足から起きた恥ずかしい話です。当時の私は,授業の進め方や年間指導計画についてあまり深く考えず,その日その日の授業準備をしながら教えていました。
新採の頃は,学期に一度の研究授業が計画されていました。ところが,10月下旬に予定されていた研究授業が,指導主事の都合で急きょ10月上旬へ前倒しになったのです。
授業は年間指導計画に沿って進めなければなりませんし,それに合わせて月末テストも実施しなければなりません。そこで私は,いくつかの教科の単元を入れ替えて対応することにしました。急きょ,国語の「ちいちゃんのかげおくり」を先に扱うことになったのです。本来であれば十分に教材研究をしてから授業に臨むのですが,そのときは時間がありませんでした。結局,十分な準備ができないまま授業に入ることになりました。

毎回の授業は教師の範読から始めていましたので,その日も私は教科書を開き,「ちいちゃんのかげおくり」を読み始めたのです。しかし,その範読が思いもよらない展開につながることになるとは,そのときの私はまったく考えていませんでした。
ちいちゃんのかげおくり
空襲で家族とはぐれてしまったちいちゃんが,たった一人で町をさまよう場面を読みながら,私は胸が締め付けられる思いでした。そして読み進めるうちに,「なあんだ。みんな,こんな所にいたから,来なかったのね。」という場面で,不覚にも言葉に詰まってしまったのです。聞いていた子どもたちも,みんな悲しそうな表情を浮かべていました。
何とか最後まで読み終えた私は,思わず「へぇー,すごくいい話だね。感動するね」と口にしました。すると,一人の子どもが「先生,まさか初めて読んだの?」と聞いてきました。そして間髪を入れず,「それじゃ教師失格だよ」と言ったのです。
私はとっさに話題を変え,「昼休みにかげおくりをやってみようか」と子どもたちに呼びかけました。しかし,その一言は私の胸に深く突き刺さりました。

実はそのとき,教材研究はほとんどしておらず,教師用指導書の付録である「赤刷り本」に目を通した程度で授業に臨んでいたのです。つまり,作品を十分に読み込まないまま授業を始め,子どもたちと一緒になって初めて感動していたわけです。
今振り返っても,あの子の言葉はその通りだったと思います。教師は,子どもたちがどこで心を動かし,どこで疑問をもち,何を学ぶのかをあらかじめ考えた上で授業に臨まなければなりません。あのときの「それじゃ教師失格だよ」という一言は,教材研究を怠ったことの重さを私に気付かせてくれました。そして,教師にとって教材研究がいかに大切なものなのかを教えてくれた,今でも忘れられない出来事になっています。
