看護婦に挑戦した会社の先輩

今週の『風,薫る』

 今週の『風,薫る』で最も印象に残ったのは,看病婦のツヤが,看護婦(看護師)になるという夢を諦めずに追い続ける姿でした。ツヤは看病婦として働きながら勉強を続けていましたが,過労から次第に心身ともに追い詰められ,ついには仕事上のミスを犯して解雇されてしまいます。

・NHKホームページより

 看病婦として働きながら看護婦を目指すというだけでも,明治という時代を考えれば並大抵のことではありません。当時は,女性が働きながら学び直し,資格を取得すること自体あり得ない時代でした。生活のために働きながら,自らの将来を切り開こうとすることが,どれほど困難で大きな挑戦であったかが伝わってきます。

 仕事上のミスで解雇を告げられたとき,多くの人ならそこで夢を諦めてしまったかもしれません。しかし,ツヤは「私,あきらめませんから。勉強を続けて,どうにかして看護婦になります」と力強く語りました。その言葉には,夢を実現するための強い意志と,当時の女性たちが背負っていた大きな覚悟が込められているように感じました。

 果たしてツヤは,本当に看護婦になることができるのでしょうか。苦しい状況にあっても諦めないその姿に心を打たれながら,今後の展開がますます気になるところです。

 看病婦や看護婦(看護師)について

 新しい明治の世になると,日本は中央集権国家として近代化への道を歩み始めました。西洋の制度や文化を積極的に取り入れ,「文明開化」や「富国強兵」のもと,武士中心の社会から国民全体を基盤とする社会へと大きく転換していったのです。
 明治政府は,国民を対象とした教育制度の整備を進めるとともに,従来の身分制度にとらわれない新しい社会制度を次々と導入しました。郵便制度,廃藩置県,学制,徴兵令,地租改正,医制,廃刀令,内閣制度,大日本帝国憲法の発布などを通して,日本は急速に近代国家としての体制を整えていきました。明治維新は,単なる政権交代ではなく,人々の暮らしや価値観そのものを大きく変えた,時代の大転換であったと言えるでしょう。
 このような社会の変化の中で,それまで一部の階級や男性に限られていた職業も次第に広く開放され,新しい制度のもとで,専門知識や技術を身に付けた人々による分業体制の整備が進められていきました。また,国家による資格制度も整えられ,医師,教師,看護婦,保健師,調理師,弁護士,栄養士など,資格を伴うさまざまな専門職が確立されていったのです。
 その後,2000年代に入ってから,性別に関係なく「看護師」とする法改正が行われました。これは,男女平等の観点と,国際的にも通用する専門職として位置付けるための変更でした。しかし,「看護婦」から「看護師」への改称は,歴史的に見ると意外にもごく最近の出来事なのです。

会社の先輩の看護婦挑戦

 私が教員になる前,5年ほど企業に勤めていたときの話です。当時,同じ系列会社の県外支店から地元に戻ってきた女性の先輩がいました(親の介護が理由のようでした)。あの頃は,多くの企業で本社採用地方採用という制度がありました。地方採用は全国転勤がない代わりに待遇面で差があり,聞けば月額で3~4万円ほど給与が下がったそうです。

 ちょうどその頃,私も教員採用試験に合格し,教員免許取得のための最後の教育実習に臨むことになり,会社に辞表を提出して退職までの数か月を過ごしていました。

 そんなある日,その先輩が私に話しかけてくれました。「あなたもチャレンジしているそうね。私も,これからの人生を考えると,看護婦の道に挑戦してみようと思っているの」その言葉を聞いたとき,私は驚きました。先輩はすでに50歳近い年齢だったからです。同時に年齢に関係なく,自分の人生を見つめ直し,新しい道に挑戦しようとする強い意志に深い感銘を受けたことを,今でもよく覚えています。

看護婦資格

 当時,鹿児島で社会人から看護婦になるには,看護専門学校で3年間学び,卒業後に看護婦国家試験に合格するという道が一般的でした。一方,本県の教員採用試験には受験年齢の上限があり,30歳を過ぎると教職への道はほとんど閉ざされていた時代でした。(現在の年齢制限は54歳以下)

 その点,看護婦は資格さえ取得すれば働く場が比較的多く,結婚や出産の後も再就職しやすい専門職として,多くの女性にとって魅力のある仕事だったのだと思います。特に当時の鹿児島は,今以上に企業の数が少なく,女性が年齢を重ねてから新たな仕事に就くことは容易ではありませんでした。そうした状況の中で,看護婦という資格職は,将来を見据えた現実的で有力な選択肢だったのでしょう。

 その先輩は,「これまで働いてきた貯金があるから,3年間の学生生活も何とかなると思う」と話していました。会社を辞めて教員を目指そうとしていた私にとって,人生の後半を見据え,新たな資格の取得に挑戦しようとする先輩の決断は,とても大きな覚悟に映りました。

 振り返ってみると,それぞれが自分の人生を見つめ直し,新しい道へ踏み出そうとしていたのだと思います。私は教職の道へ,先輩は看護の道へ。同じ時期に,それぞれが将来を見据えて新たな一歩を踏み出そうとしていたことを,今でも時折思い出します。その後,先輩が看護婦になったのか,知るすべもありませんでした。

転職や再就職

 今では転職や再就職,学び直しによるキャリアアップも当たり前の時代になりました。しかし,私たちが若かった頃は,一度就職したら定年まで勤め上げることが当然と考えられていました。だからこそ人生の途中で新たな資格の取得に挑戦しようとする先輩の決断は,当時の私にはとても大きな覚悟に映ったのです。

 ところで,今では改善されつつあるとはいえ,日本の男女の職業差別待遇格差と正面から向き合い,その是正を求め続けてきた代表的な職業は,看護婦女性教員ではないかと私は思っています。両者は,明治期以来,女性の社会進出や地位向上を支える重要な役割を果たしてきました。また,職能団体や労働組合,研究者らによる活動を通して,職場における男女平等の実現や労働条件の改善を求める動きの中心的な存在でもありました。男女雇用機会均等法の制定や,その後の制度改善にも,そうした長年の積み重ねが大きな影響を与えてきたのではないかと思います。

 朝ドラ『風,薫る』は,まさにその看護の世界を舞台に,女性の社会進出への道を切り開いていった人々の歩みを描いた作品です。ドラマの登場人物たちが直面する困難や葛藤を見ていると,現在,私たちが当たり前のように享受している権利や制度も,多くの先人たちの努力と挑戦の上に築かれてきたのだということを改めて考えさせられます。

 ツヤが夢を諦めずに前を向こうとする姿を見ながら,会社を辞めてそれぞれ新しい道に挑戦しようとしていた,あの頃のことを懐かしく思い出しました。

通信教育学部に編入

 私は経済学部の出身で,当時は教員免許を持っていませんでした。教員になるためには,仕事を続けながら改めて30単位近い教職課程の単位を取得しなければなりませんでした。

 そこで,私立大学の通信教育学部に編入し,教職課程の履修を始めました。約2年間,仕事と学業を両立させながら,単位取得に追われる毎日を送りました。履修科目のレポート提出,県内の私立高校などを会場として実施される単位認定試験教育実習,そして並行して教員採用試験の勉強などすべてがぎりぎりの日程の中で進み,「綱渡り」とはまさにこのことだと実感しました。朝ドラのツヤと同じように,過労から仕事上の失敗をしたこともありました。

 県教育委員会への書類提出期限は1月下旬でしたが,そのためには教育実習を終え,11月下旬までに大学へ単位取得証明書の発行申請を済ませなければなりませんでした。せっかく教員採用試験に合格したのに,もし一科目でも落としてしまえば,それまでの努力がすべて無駄になってしまいます。まさに毎日が締切期限との闘いでした。郵送では間に合わない状況になったこともあり,自ら県教委まで必要書類を届けに行きました。今振り返れば,あのような無茶ができたのも,若かったからこそだったのかもしれません。

先輩との再会

 そして教員になり,長女が誕生したときのことです。当時は今のように出産に立ち会う時代ではありませんでした。私が授業をしていると,教頭先生が教室の入口を開け,「今,お子さんが生まれたと電話があったよ」と知らせてくださいました。私は急いで病院へ向かいました。

 病室に着くと,妻の担当病棟の看護婦長さんが,窓越しに生まれたばかりの娘を見せてくださいました。受付で出産に伴う手続きを済ませ,お礼の挨拶に伺ったところ,何と,その看護婦長さんの隣に,あの会社時代の先輩が正看護婦として立っていたのです。

 私は思わず,「本当に看護婦になったんですね」と声を上げました。先輩も笑顔でうなずき,私たちは固く握手を交わしました。会社を辞めるとき,それぞれが新しい人生を目指して語り合った二人が,数年後,娘の誕生という人生の大切な場面で再会することになるとは,まったく想像もしていませんでした。

 実は当初,自宅近くの産科医院で出産することを決め,診察を受けていました。妻は当時,幼稚園教諭として勤務していましたが,出産のことを知った保護者の中に,総合病院の産科で看護婦長を務めている方がいました。「何かあっても総合病院なら安心だから,うちの病院で」と勧められ,私たちもその言葉で,出産する病院を変更していたのです。

 そんなこともあり,今振り返っても,人との縁の不思議さとありがたさを感じずにはいられない,忘れることのできない若い日の思い出です。思いもよらない形で数年ぶりに再会することもでき,その時のことは今でも忘れることができません。

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