教育長の指導講和
初任の頃,町の教育長の指導講和の中で「教員は、いわば名刺を持たない営業マンのような存在です。先生方が地域の人たちを知らなくても,地域の人たちは皆さんのことをよく知っています。通常,営業マンはまず自分の存在を知ってもらうことから始めますが,先生方にはその段階が必要ありません。その余った時間をどう使うかであなたたちの教職人生の価値が決まるのです。」と,そのような話がありました。

私が赴任した初任校は,小さな町の小さな学校でした。小学校の初任者研修が正式に始まったのは平成元年度からですが,昭和40年代から各都道府県ごとに独自に試行されていました。各市町村での取組も差があり,その町には学校席の指導主事がいなかったため,県主催の初任者研修以外の研究内容や研究授業などの指導は学校まかせでした。
小規模校でしたが,校長や教頭,教務主任といった経験豊富な先輩教員もいらっしゃいました。しかし,当時は初任者研修導入への反対意見が強く,先輩方から直接指導を受ける機会は少なかったと記憶しています。教育学部を卒業していなかった私は,ほぼ一人で悩むことが多く,途方に暮れる日々を過ごしていました。そんな中,教育長がよく声をかけてくださり,過去の教科指導案や関連資料を頂くなど大変助けていただきました。そのため,初任者研究における直接の指導教官は教育長だったと今でも思っています。

もちろん教育事務所の指導主事もいらっしゃいましたが,当時の私には教育事務所は敷居が高く,気軽に相談することはできませんでした。何より,教育長から「何かあれば直接私に電話をしなさい」と常々言われていたこともあり,真に受けていました。今振り返ると校長や教頭,先輩方に何とも失礼なことをしていたと赤面してしまいますが,当時はそれだけ教育長の言葉を真剣に受け止め,心の支えにしていたのだと思います。
私の夕食は即席ラーメン
私は普段,帰宅時間が22時以降と遅くなるため,学校の隣にあるスーパーマーケットが閉まる18時に合わせて,一旦夕食の買い出しに行くのが日課になっていました。毎日のように買っていたのは,ラーメンと餃子,そしてコロッケや魚フライなどの総菜でした。
そんなある日,職員朝会が早く終わり教室に戻る途中の廊下で子どもたちの大きな笑い声が聞こえてきました。何事かと思いそっと立ち聞きしてみると,なんと私のことをネタに漫才をしているのです。子どもたちはみんな笑い転げていました。
そのネタというのが,私の一週間の「晩ごはん」でした。黒板に画用紙を貼り,月曜日は「出前一丁と餃子」,火曜日は「出前一丁とチャーハン」,水曜日は「出前一丁とコロッケ」といった具合です。当時私は,出前一丁のごまラー油にすっかりはまっていて,毎日食べても飽きないほど好きだったのです。

さらに驚いたのは,その子が私のラーメンの作り方や食べ方を非常に細かく演技していて,その描写があまりに的確だったことです。「今晩も出前一丁を食うかねぇ,あいちゃモヤシを買うとを忘れた。(後頭部をかきながら)ちょっしもた,卵もねやーよ。」と,私の普段の話し方や細かな癖まで見事に再現しており,思わず廊下で吹き出してしまいました。その子は日頃から観察力が抜群で,他の子どもたちの表情や動きもすぐに真似ることができるのです。しかも身近なネタで演技力もあったので笑いの完成度が抜群でした。最近テレビで毎日のように流れる人気お笑い芸人の毎回同じような漫才よりもずっと面白いのです。
意を決して教室に入ると,その子は慌てて取り繕おうとしましたが,私が「〇〇君,先生の物真似が上手だね」と言うと,教室中が大笑い。さらに「いんにゃあー皆ねー,そいの言うこちゃ違ごど。夕べは友だっとと食堂に行っせ,野菜炒めを食うたど」と方言で返すと,これまた大ウケでした。

実は以前,学校の先輩たちから「地元の商店で買物をすると,何を買ったのか,細かな商品名まで直ぐ広まる地域だから気をつけて」と忠告を受けていたのです。
そのスーパーのレジ係が,その子の隣家の方だったのです。正に「地域の人はみんなあなたを知っています」の如くで少し戸惑いましたが,その後はまとめ買いをしたり,ご飯を炊いたりするようになりました。
教育長の教え
その教育長は十数年後に亡くなられましたが,気さくな先生で相談しやすくその教えは今でも強く記憶に残っています。「縁は奇なり」とよく言いますが,最後の勤務校の近くにその教育長のお墓とご実家がありました。ご縁があってお子様にお会いし,昔話を語り合うとともに,何度かお墓参りをして当時の感謝の気持ちを伝えました。 現在,市町村合併により行政の範囲が広がり,教育長の役割も大きく変化しました。当時の教育長のように地域に密着した存在は少なくなり,まるで県知事のような遠い存在になったように感じます。「地域に根差した教育」という言葉がよく聞かれますが,実際には学校と行政(役場)の距離がますます遠くなっているように思うのです。
□ お知らせ 当ブログの検索方法として「散策ブログ」や「学校よもやま話」と検索すると『散策ブログ~地域の身近な歴史などについて発信し…』や『学校よもやま話~雑感「散策ブログ」』が出てきます。クリックするとブログに繋がり,右下のサイドバーで過去の投稿ページもご覧いただけます。よろしくお願いいたします。 |